短編
□ぐうぜんなんて
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夜の七時過ぎ。コンビニに立ち寄るのが俺の日課。なんでかって?そんなこと一つしかねーじゃん。
「おそ松さん、こんばんは」
そう。こいつに会うため。断じてエロ本の立ち読みに来てる訳ではない。今はな。
「よ、おつかれさん」
仕事終わりであろう名無しさんは少し疲れているようで。それでいてもこちらに向けられる笑顔はそれはそれは優しいものだった。
「またカップめんですか?身体、壊しちゃいますよ?」
俺の手に持っていた物を見て困ったように笑う彼女。本当はこんなもの食べたい訳ではない。だけどお前と話す話題が欲しくて持っていただけだ。
「お前だって、またコンビニスイーツかよ 」
「私はいーの!ストレス発散には甘い物ですよ!」
べー、と舌を出した彼女がやけに可愛くて思わず顔が赤くなる。何だ、その顔は。反則だろ。
目当ての物を買った後は帰路を二人で歩くのがいつものことで。俺が家につくまでの道に名無しさんの家があるから送っていた。
コンビニでいつも顔を合わせるだけの人間に、ここまで愛想のいい彼女を見ると心配でたまらない。もしかして他の奴にもしているのだろうか。そんなことが頭によぎって不安で仕方なかった。
最初に出会ったのは、雨の日で。降り出した雨が大粒に変わりそして大雨に変わった。コンビニで時間を潰すのも無理がでてきて、外へでてこのまま走って帰ろうかと悩む。
兄弟達に傘を持ってくるように言ってもいいのだがあいにく手持ち金はゼロで。携帯を持っていない俺は公衆電話さえも使えなかった。
「はいりますか?」
仕方ない、と意を決して走ろうと思えばかけられた声。そちらを見ればお前がいて。傾けられた傘と優しい笑顔に俺は頷きつつも声が上ずってしまった。
大粒の雨をビニール傘が弾く音はなかなか大きいもので。雨に声がかき消されない様に大きな声で話す俺達は濡れまいと身を寄せて歩く。
それが楽しくて。おかしくて。雨の憂鬱さを消しさるかのように世界はとても煌めいていた。
それからだ。俺がこのコンビニに通うようになったのは。いつも来るわけではない名無しさんをただただ待っていた。
いつも決まった時間に仕事が終わるわけではない彼女と会えるのはなかなかの割合で。会えない日も多い。
けれども絶対に彼女がここにくる曜日がひとつだけわかっていた。なぜかその曜日とその時間にはいつも来るのだ。それが、今日。
「ついちゃいましたね」
ふと見れば彼女の家。楽しい時間は過ぎるのが早すぎる。
「明日も仕事だろ?今日はゆっくり休んで頑張れよ」
にしし、と笑えば彼女は少し考えて俯いた。なんだ?と疑問に思えば顔をあげた彼女。
「今日は休みだったの、仕事。実はね、この曜日は定休日で仕事毎週お休み」
「へー、知らなかった。いつもいるとは思ってたけど休みだったのかよ」
なるほど、と自分の中で合点がいく。だからいつもいたのか。けど休日の夜にコンビニ。しかも毎週って、どんだけ暇人なんだよ、と笑えてくる。
「もう一つ!私は普段、あんまりコンビニには行かないの。あまいものは美味しいけどやっぱり高いし」
「じゃあなんで毎週来てんの?」
彼女の言葉に疑問しか出てこない。デメリットばかりのコンビニになぜ通うのかと問えば彼女は困ったように笑った。
「おそ松さんがいるから、ですよ 」
鈍感ですね。
そう笑う君の言葉の意味がやっと分かって、名無しさんも俺と同じ気持ちだったのかと目を見開いた。
「だったらさ!来週のこの日はデートしてくんない?昼から…なんだったら朝からでも!」
顔に集まる熱はきっと夜だから気づかれていないはず。勇気を振り絞った言葉に君は優しく笑った。
ー君に、あいにいくー
(来週が、待ち遠しい)