WHITE GIRL〜漆黒の獣〜

□BIRTH
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そっと、目を開けた。



目の前に広がるのは、全てを黒く埋め尽くした闇だけだった。


どこを見回しても真っ暗だったが何も見えないというわけではなく、元から目が慣れていたのか、物体の全体よりも少し黒い輪郭を表す線がうっすらと見えた。

壁に走る線の規則的な入り組み方や感触からして、今いる場所は石を積み上げてできた部屋だと分かった。

そして、壁の一面がなく、代わりに床から天井へ一直線に伸びた鉄の棒がズラリと並び、それが檻を成していることも分かるのにそう時間はかからなかった。

1ミリのズレもなく横一列に並んだ鉄の群が、この部屋と外とを完璧なまでに遮断している事を冷酷に主張していた。



しかし、今はそんな事はどうでもいい


なぜ私はここにいるんだ?


人物は自分の視界を遮るボサボサの黒い前髪を頭を振って払い、自分の両手を見下ろした。

人物の小さな手首には、不釣り合いな程ひどく分厚い手錠がはめられていた。

忌々しい存在を睨み付け、軽く舌打ちをしたその時、




「ひっく、…ぐすっ……うえ、えェッ…!!」


「……!」


すぐ近くから声が聞こえた。

それはとても小さく、そして悲しげな女の子の泣き声だった。


人物は、その少女を知っていた。



「…なんで泣いている?」


人物は少女に聞いた。



「!! だ、誰…?」


少女は、突然響いた声にビクリと体を震わせたようだった。

驚くことも無理はなかった。

今までこの部屋には少女しかいなかったのだから。



「なんで泣いている?」


もう一度人物は少女に聞いた。

すると、少女はだんだんとどうでも良くなってきたのか、小刻みに震える唇を、もどかしいくらいにゆっくりと開いた。



「わ、私っ…!!たく、さんの、人達を……!!み、みん、なを助けたかっ…ただけ、なのに…!!!」



「……」


嗚咽混じりの言葉だったが、人物には十分に理解できた。

皮肉にも、少女からむせ返る程に香る血の匂いも、人物が理解するのを手伝ってくれたと言っても過言ではなかった。







少女は今日、沢山の人間を殺したのだ。




理解したのと同時に、少女の感情が、激流のように人物の中に流れ込んでくるのが分かった。

最初は全ての感情が雑ざり合って混沌としていたが、やがて絡まっていた糸が解ける様に、それぞれを表す名前へと変換されていった。




悲しい



苦しい



怖い



ごめんなさい





────人物は、何故自分がここにいるのかが分かった。




この国を治める戦争好きのイカれた国王


アイツにこの優しい少女を壊されないように


破壊と憎しみがはびこるこの地獄から、少女を守る為に




人物は少女の右頬に、自分の右手をそっと重ねた。

頬は、乾いた血がガサガサしており、涙で濡れていた。



「大丈夫…もう泣くな。私がいるから…」


あやすように、人物はゆっくりと言った。

すると、少女がパッと顔を上げた。



「!!ホ…ントに?」



人物からは少女は見えない

少女からも人物は見えない

でも、それでいい



少女の声に希望が湧いたことに気づき、人物は笑みを浮かべて、強く頷いた。



「あァ…ずっと一緒だ…」




───にこっと、
少女の口角が上がったのが分かった。

人物は満足気に笑ったが、ふと上から微かに聞こえてきた声に、顔を険しい表情に変えた。

男と女、大勢の笑いに混じって歌が聞こえた。




我らが兵器フェンリルが


血肉に飢えた牙剥けば


敵の体を喰い千切り


そこに出来るは肉の山


神も恐れた化け物が


戦にもたらす大勝利


黒き獣に祝杯を


我らの未来に負けはなし




「…下衆が…」


曲もリズムもでたらめな歌声に人物は呟いた。

しかし、すぐにニヤリと怪しく笑ってみせた。



いいだろう


蔑むなら好きなだけ蔑め


お前らの望む化け物に、私がなってやろう


少女だと気づかずに、笑っているがいい


──…馬鹿共め



「…今日もフェンリル血を浴びる♪……人の体を喰い千切り♪」


人物はそっと口ずさみ始める。




暗い牢獄の中、鈴のように幼い歌声が、残酷な言葉を響かせた。



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