やさしい死神

□1
1ページ/1ページ






運が悪かった、としか言い様が無かった。


それはたまたま奇術師に目を付けられた事がなのか。
はたまた、たまたまその研究所に念の使い手が居た事がなのか。
正味、それはどちらでも無かった。
どちらでも良かったからだ。
良く言えば、暇潰し。
悪く言えば、何となく。
そんな単なる気紛れと偶然で、奇術師はとある一つの研究所を襲撃したのだから。

跡形もなく、生き残りもなく、ただただ無尽蔵に。
一方的な殺戮の後にやって来たのは、先程と同じ静けさだった。
そして新しく生まれた血の匂い。
余韻を燻らせる底知れぬ狂気。

そこそこの相手だった、とヒソカは胸中で独り言ちる。
それなりに楽しめた、だがポテンシャルは窺えないそこそこの使い手。
未来に可能性を感じない相手は今遊ぶに限る。
そんな気分でカードを構えた彼を、念能力者であった男はどの様な思いで対峙した事だろう。
死人は決して語る事はない。
だが、体中を裂傷で埋め尽くされた死に様は、さぞ彼が敵わないまでも必死に奇術師を迎え撃ったという事を如実に示した。
まだ足りない、といった風にヒソカが施設全員に襲い掛かったなどという結果になったと謂えども。

血の海になり、誰も居なくなった空間にヒソカは立ち尽くした。
そして満足げに、普段通りの笑みを浮かべ踵を返す。
そこには肉塊となり転がっている人間の様など一片も映らない。
いつもの事なのだ。
血の滴る指先もそのままに、悠然と彼は歩いていく。


「―――、…」


だが、不意にヒソカは立ち止まった。
まるでやり残した事でもあるかの様に振り返る。
その所作はごく自然な動きだったが、一点に向けられた視線は何処か訝しげで。

突然現れた気配に、奇術師は興味が湧いた。

そう、それは、唐突に。
十数m程離れた場所から現れた。
常人外れた感覚を持つヒソカでさえ気付けなかった程の。
巧みに潜められた、まるで“絶”にも似た消し方。
一体どんな使い手なのか、と。
隠しきれない期待と共に、近付いてくる気配を待つ。

ひたひたと、小さな足音を立てて、それはヒソカの前に姿を現した。






























この世に正しい答えなどあるものか
(気紛れに立ち寄った事が間違いだったのか)
(出会ってしまった事が間違いだったのか、など)







 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ