やさしい死神

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担いだその小さな身体は、見た目以上に華奢で。
片手で容易に抱えられる程、軽かった。


ヒソカが自身の仮宿に戻ったのは、月が空高く昇った刻であった。
仮宿と言っても今は便宜上ホテルではあるが、資金潤沢な奇術師はそれなりの品の良い場所を選んでいるらしい。
高層建てで煌びやかなフロントへ躊躇いなく入って行く。
そんな至極当然といった風な彼を、腕に抱かれた少女はただただ見つめるだけだった。

因みに二人共もれなく血塗れである。
そこはやはりこの常識とは程遠いヒソカらしいというのだろうか。
驚き青褪める周りの視線を蹴散らしながら、とうとうエレベーターに乗り込み姿をくらました。
その時さえこの奇術師が余裕釈々な笑みを湛えていたのは言うまでもない。


「ああ、そういえばまだ名前を教えていなかったね◆」
『…………』
「ボクはヒソカ。奇術師さ★」
『……ヒ、ソカ』


咀嚼する様に名を呟くその声音は歳相応に高く、そして何処かか細い。
不思議そうに見つめてくるアガサによろしく★などと言っている内に部屋に着いた。
最上階の豪華絢爛なスウィートルームである。
ドアを開け、夜景を一望出来る大窓の前のソファに一直線に向かった。

そのままアガサをソファに腰掛けさせると、ローテーブルを挟んだ対のソファに座りヒソカは少女に話し出した。
内容は勿論、念について。
概念や基礎を一通り、なるべく分かりやすいように彼はゆっくりと言葉を紡いだ。
まるで根気よくアガサに教えるかの様に。
アガサもアガサで、ヒソカの話に疑問を感じる事なく相槌を打つ様に何度も頷いていた。
案外物分かりの良い子なのかもしれない、と彼が思い始めた頃。


「…分かったかな?」
『うん』
「そっか★」
『知ってた』


返ってきた返事に一瞬固まる。
今度はヒソカが首を傾げる番だった。


「…知ってたのかい?」
『うん』
「へぇ◆ それは、研究所に居た誰かに教えて貰ったの?」
『…念使いの、人に』
「ああ、彼ね◆」


唯一あの場に居た念能力者。
確かにあの男が少女の教育係だったとすれば納得がいく。
あの時の洗練された“絶”が全てを物語っていると言ってもいい。
それ程までに、彼女の念の流れは完璧だった。

やっと謎が少し解けたヒソカ。
どうして知ってるって教えてくれなかったんだと苦笑混じりに口を開く。
すると、聞かれなかったから、とアガサが直ぐに言葉を返した。
正論だ。


「じゃ、今度水見式でも見せて貰おうかな◆ やった事はあるんだろ?」
『…………』
「無いのかい? …くくく、不思議な子だなぁ◆」


ふるふる、と横に首を振るアガサ。
その様にヒソカは再び喉の奥で笑った。


「まぁいいや。それじゃ、お話はこれでおしまい★」
『……?』
「ついておいで★」


突然ソファから立ち上がったヒソカを大きな双眸が訝しげに追う。
その視線を受けつつも、彼はにっこり笑いながら少女を手招きする。
歩き出す奇術師にアガサは少し戸惑いながらその後を追い掛けた。


「そのままじゃあ居られないからね◆ まあボクは好きだけど★」
『……?』
「先にシャワー浴びなよ◆」


バスルームまで連れて来て、ヒソカはアガサに言い放った。
確かに少女は先の血で全身が汚れ、変色し固まったそれが至る所に張り付いている。
それは眼前の奇術師にも同じ事が言えたが、彼女の方が被害が凄惨だという事でこう提案した。


「服は替えが無いからね、バスローブで我慢して◆ 君なら何とか着られるだろうから◆」


ひとしきり説明して再び確認の意で少女に問うと、今度は素直にこくん、と肯定が一度だけ。
真っ直ぐな瞳に良い子だね★、と笑い掛けてやってからヒソカはバスルームから出て行った。
いくら変態と称される身であってもそれくらいの分別はある。
分別のボーダーが酷く曖昧ではあるが。

暫くして聞こえてきたシャワーの水音に、奇術師は再びソファに腰を下ろしじっとしていた。






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