やさしい死神

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部屋に入ってきた女性達は、それはもう驚くしかないという程の衣服を所持してやって来た。


「うーん◆」


顎に手を添えながらヒソカは舐める様に注視する。
因みに斬新奇抜なピエロルックではなく、髪を下ろした美青年の風貌で。
気障なポーズも様になっているあたりが何とも言い難い。


「どれにしようか★」


幾つものアタッシュケースから取り出された色取り取りの衣服。
手当たり次第を並べ立て、その中心に立たされたアガサと見比べてヒソカは唸った。
如何にも楽しそうな表情に声色である。
その視線を浴びながら、少女は身の丈に合わないバスローブのまま首を傾げた。

ヒソカが呼び立てたのは、ホテル近くにあるブティックの店員達である。
羽振り良く手数料を前払いで払い、子供用の服を持参させ部屋に来させた。
まさに出張ブティックである。

慣れた様に収納式の洋服掛けに可愛らしい女の子用の服を連ねていく店員達。
その間にもアガサの周りにはついたてが置かれ、体のサイズを計ろうと数人が取り囲む。
律儀に断りを入れてからバスローブを脱がしに掛かる女性等を脇目に、ヒソカは衣服を吟味する様に散策した。


「君なら何を着たって似合いそうだけどね。色白さんだから黒もいいかな◆」


などと言いながらゴスロリ調のベビードールの裾を摘むヒソカ。
黒のフリルが彼の手によってふんわりと持ち上がる。


「ねぇ◆ 君は何色が好きなんだい?」


そんな問い掛けにもアガサは相変わらず口を噤むばかり。
てきぱきとサイズに見合った、其の場凌ぎの下着と簡素な白いワンピースをただただ着せられていく。
ついにはついたてから釈放され、半日振りにやっと見れるようになった格好でヒソカと対面した。
おいで、と手招きされアガサは大人しく彼の元へと足を運ぶ。


「好きなの選んで。出来れば10着以上ね★」


少女の華奢な肩に手を置きながらヒソカはさらりと言い放つ。
確かに彼女唯一の持ち物のワンピースは赤黒く汚れ暫くは使い物にならなそうであるが。
それ以外の所持品が何もない少女にとって最低限の衣服くらいは必要なのだろうが。
いきなり10着以上選べとは、なかなかの富豪発言である。
泊まっているホテルといい出張ブティックの件といい、この奇術師の金の使い方というのは常軌を逸しているに違いない。


「と言っても種類も沢山あるしね。面白そうだからボクも選ぶの手伝っちゃおうかな◆」
『……ヒソカ、』


近くにあった水色のカーディガンをアガサに羽織らせながら囁く。
自分好みの格好をさせるのも悪くないかもしれない、などと不届きな考えを巡らせるヒソカ。
すると不意に、俯き気味だった顔を上げた。
少女は小さく彼の名を呼ぶ。

その瞳には疑問と、先程見たものとはまた違う不安の色。
まるでそれは昨晩を彷彿とさせる様な、そんな雰囲気。
ヒソカは目を細めて甘い声音で応えた。


「なんだい、アガサ◆」
『……どうして…』
「こんな事するのかって?」
『…………』
「くくく、君の言動は分かり易いね★」


案の定、というか。
疑心というよりも信じられないと言いたげなアガサにヒソカは思わず苦笑した。

どうも彼女は自身を卑下するきらいがあるようだ。
その為何故自分に、という疑問が頭から離れないのだろう。
こんな自分にどうして優しくするの、といった風に。
そう思わざるを得ない環境で育ったのだからと言ってしまえばそれきりだ。
しかしいつまで経ってもこの調子では事を運び辛いし苛々もしてくるというもの。
素晴らしい才能を持っているのに何を卑下する必要があるのか。
この際性格も全て自分好みに躾けるのが良いかもしれない。
そんな不穏な事を独り言ちながら、ヒソカはアガサの視線に意識を向けた。


「決まってるじゃないか。これから一緒に住むからだよ◆」


目の前に跪いて至極当然とばかりにヒソカが言えば、驚いてアガサは目を見開いた。
まるでそんな返事を予想だにしていなかったらしい。
戸惑う様に瞳を泳がせ、また伏せさせると躊躇いがちに口を開く。
しかし物を言いたくても声が出ないらしく、暫く開け閉めを繰り返し話せるよう懸命になった。
やがて意を決した様に再びヒソカに視線を上げる。
困惑した表情で呟かれた言葉に、彼は黙って耳を澄ませた。


『一緒に居てもいいの…?』


びしっ、と。
その瞬間ヒソカは胸中が何かに射抜かれた様な衝撃を受けた(気がした)。

流石に稚女に対する性嗜好はこれでもなかった筈だが。
これでも。
いくら自他共に認める変態だとしても。
だがしかし、美少女の上目遣いというのはなかなかどうして悪い気がしない。
寧ろ気分の良いものだった。
珠玉の瞳に見つめられる事も相俟って昂揚感が凄まじい。

神経を昇る快感に堪えながらヒソカは爽やかな笑みを浮かべ難解を熟した。
言葉の返事だとでも言うのか、黒髪の頭を優しく撫でながら笑い掛ける。
精一杯理性を総動員させ肯定を表現した。
すると。


『…ありがとう』


それはあまりに唐突だった。
不意を突かれたと言っても語弊はない。
瞠目するヒソカに、アガサは小さく笑みを零した。
控えめで、少しぎこちないが、柔和で可愛らしい微笑。
年相応の表情をやっと浮かべた少女に、ヒソカは咄嗟の反応を返す事が出来なかった。

誰かに礼を言われたのは、これが初めてだったから。

はにかんで視線を再び下へ落とすと、水色の布地に指を遊ばせた。
肌触りの良いそれを気に入ったのか、これがいい、と小さく呟く。
既に着せられていた白いワンピースとの色の対比も申し分ない。
最初からこの格好だったのではと思う程だ。

正気を取り戻したヒソカが、じゃあそれを買おう★と微笑んでから立ち上がる。
その後色々と服を品定めする間も、アガサはカーディガンを脱ごうとはしなかった。
どうやら相当気に入ったらしい。

しかしそれ故に他の衣服に対する関心が削がれ、九割方ヒソカがアガサの服を選んだ事になったというのはここだけの話。






























此処に居ていいと言われた気がして
(色を取り戻し始めた瞳は、)
(嬉しかった)







 

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