やさしい死神

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それは人生の中で一番美味しい食べ物だった。


大窓の外の景勝に少女は目を奪われていた。
否、実際の処それは彼女にとってただ無心に見つめているに過ぎない。
だがその瞳は一心に街並を見下ろしている。
数刻前にやって来た、先のホテルの時とはまた違う景色を望める一室の中で。

大量の衣服を買い占めたヒソカはその後直ぐにホテルをチェックアウトした。
数少ない私物と、服という名の戦利品の入った大きなアタッシュケース。
そして洒脱した装いをした少女を連れて、次の仮宿へと移る為にだ。

根無し草である彼にとって固定された家はない。
だが生業としている仕事柄財産には困らない身の上である。
気分や都合で住み処を変える事が出来るよう、沢山の居場所は設けてあった。
このペンションはまさにその一つだろう。
高級ペンションさながらの高層住宅の最上階にあるシンプルかつシックなデザインの部屋。
先のホテルよりも遥かに広い間取りは、幾らか金の掛かった特殊な香りが漂っていた。


「何してるんだい?」


未だ下界を見つめるアガサにヒソカが近付いて声を掛ける。
大した荷物はなかった為か、早々に引っ越しを終えたようだ。
因みに彼女の衣服はまだアタッシュケースの中のままだ。
何でも後で何を買ったか確認しながらクローゼットに仕舞うのがお楽しみらしい(先程アガサが問い掛けていた)。


「そんなに街を見つめるのは楽しいかい?」
『…ヒソカは高い所が好きなの?』
「…………うーん、まぁ暇な時に目に留まるものがあればいいかなって程度だけど◆」


高い場所を好むのかと。
まるで何とかと煙は、ということわざに因まれている様な気がしてヒソカは即座に返事が返せなかった。
別に高所は嫌いではないが特別好きでもない。
本当に何となくこの位置の部屋を買ったに過ぎないのだ。
故に面と向かって問われるならばそう言う外ない。


「君はどう? 楽しい?」
『……それなりに…?』
「なんだ★ 退屈だったならそう言ってくれれば良いのに◆」


首を傾げながらたどたどしく話すアガサ。
気を遣って言葉を濁している様子はなかった為恐らく本心なのだろう。
感情一つ一つの名を、彼女はあまりよく分かっていないのかもしれない。

優しく頭を撫ぜてから、ヒソカはゆっくりと振り返る。
大方片付けも掃除も終わった部屋を見渡し時計を確認する。
壁に設置してあるそれの短針の位置する刻を見て、よし、とばかりに彼は頷いてみせた。


「さてと。そろそろご飯にしようか、アガサ★」






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