やさしい死神

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人の温もりを感じながらの就寝などいつ振りだったろう。


彼女を――アガサを拾ってから三日が過ぎた。
一日目は彼女の服選びやボクの仮住まいに引っ越したりしていたら一日が終わった。
二日目は生活用品だとかを買いに行ったりアガサの服をクローゼットに仕舞っていた。
そして三日目の今日は彼女の基礎的な能力を見ていたら月が夜空に浮かんでた。

ここ三日間で、どうやら彼女には一般人以上の知識があるという事が分かった。
きっとあの例の研究所での教育の賜物なのだろう。
一般常識から言語、計算能力、地理、歴史、宗教、政治に関してまで十二分な理解がある。
二日目、三日目で本だとかテレビだとかを見せていたら分かった。
あんな小さな容貌で世界の経済政策について語り出すんだからビックリだった。
流石のボクにも専門用語過ぎて分からない話も幾つかあって少しショックだったなぁ。

まぁつまりは彼女はただの女の子じゃあなかった訳で。
ただどうしても普通の年相応の少女に見えてしまうのは、あまりアガサが話さないから。
でもそれは彼女曰く、話さないんじゃなくて話せないからなんだってさ。
アガサは感情表現というのをこれまでしてきた事があまり無いらしい。
訓練としてその行為の習得を求められなかったから、と嫌に堅苦しく彼女は言っていた。
人と親しく接する機会がなかったんだ。

それでも。

彼女は気付いていないだろうけれど、アガサはこの三日間の間に変わった。
よく笑うようになったし、よく話すようになった。
それはそれは普通の女の子みたいに。

一日目の服選びの時も思ったけれど、彼女は思わぬ時でさえ反応を返すから本当に飽きない。
その反面、常人なら反応する様な場面で逆に何も感じなかったり。
ボクの言動にここまで動じなかったのはアガサくらいなんじゃないかなぁ。
それはそれで新鮮だったケドね。


(まるでお姫様みたいだ◆)


長い間お城のてっぺんに閉じ込められてたお姫様。
いや、それとも雪女郎かな。
彼女はまだ秘密を持っている気がする。
お伽噺風に言えば、何か呪いが掛かっていそう。

どうすれば、解けるかな。
王道で行くならやっぱり王子様のキスかなぁ。
でも王子様だなんて性に合わない、ボクは奇術師だし。
もしかしたら他にキーアイテムが要るのかもしれない。

考えたら考えただけ意味の無い憶測。
まぁいつか分かる時が来るだろう。
あくまでも勘だけど、決して的を外したものだとは思えないし。

我慢するのは、嫌いじゃない。






























寝室で小さな寝息だけが聞こえる。
胸に掛かる吐息が少しだけくすぐったい。
でも縋る様に伸ばされた腕だとか、指を掠める艶やかな髪なんかは何となく気分がいい。

アガサの発見はもう一つ。
それは変わった寝相だった。
ペンションに移り住んだその日の夜、ボクは彼女に一緒に寝るかいと提案した。
最初は単なる悪戯心で、照れるアガサを見てみたかっただけだった。
でも彼女ときたら、クイーンサイズのベッドの端で、ボクから最も遠くなる位置で寝るようになった。
てっきり一緒に寝る事は流石に断るかなぁと思ったけれど。

でも問題はその後。
暫くすると完全に寝息を立てていたアガサは不意にこっちにやって来るんだ。
寝惚けているのかそれとも寝たままのか。
とにかく、ボクがじっとしていると擦り寄る様にボクの胸の中に収まった。
それが、今を含めて三回目。

つくづく不思議な子だよねぇ、アガサって。
だって朝起きたら、ボクが起きてる事を確認せず直ぐに離れるんだもん。
申し訳なさそうに謝りながら。
別に気にする事ないのにね、一緒に住んでるんだし。

でもね。

どれだけ面白い事してボクを飽きさせないでくれててもさ。
やっぱりこの子はボクの青い果実なんだよね。
これから美味しく熟れる、まだまだ未熟な才能の持ち主。
いつかボクの手で狩る筈の、ボクだけの玩具。


(壊したくなるよ◆)


不意にやって来る衝動に抗えなくなりそうになる。
彼女のナカに潜んだオーラが欲しくなる。
指先に絡んだ彼女の黒髪に、神経を愛撫されてる感覚を覚える。


『ん……』


そして。
そのボクのオーラの、僅かな変化であったとしても。
アガサは毎度それに気付いた。


『……ヒ……、カ…』


ああ、なんて素晴らしい、研錬された本能なんだろう!
睡魔から必死に抜け出して、危険から回避しようと目を開くだなんて。
未だ朦朧としてる瞳の光がいじらしい。

すると突然気が付いた様に双眸を見開く。
急いで離れようとするアガサ。
逃げる様に後ずさる彼女に、ボクはすかさず小さな背中に腕を廻した。


『ヒ、ソ………ごめ…』
「いいよ、気にしなくても」
『、ぁ…』
「ここでお眠りよ◆」


垂れ流してしまった気配を諌め、優しく頭を撫でてやる。
不思議そうに見上げてくる視線に笑い掛けてやると、アガサはまた安心した様に目を閉じ始めた。
深く吐息を吐いた後、再び規則的に漏れる寝息。
意識を手放した彼女の髪に指を通しながら、穏やかな寝顔を盗み見た。

今はまだ早い。
もっと彼女が強くなるまで。
それまでボクはアガサとの同衾を楽しむんだろうね。
この小さくて柔らかな存在感は、思ってた以上に悪くはないから。

仄かに漂うシャンプーの香りを吸い込みながら、漸く目を閉じて一日を終える事にした。






























君は知らないだろうけど
(ボクは予想する、ボクは確信する)
(君の未来を、君の秘密を)







 

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