やさしい死神2

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「俺が止めるまで、或いはどちらかがヤバいと思うまで続けろ」
「ああ、いいぜ」
『…………』


腰に両手を置き、仁王立ちをするウボォーギン。
快活に返答する彼の眼前――正確には身長差故に眼下だが――のアガサも頷いてみせる。
ゆっくりと二人の周りに居たクロロとヒソカが後方に下がる。
対峙する大小の手合わせに支障が出ないように、団員達の居る瓦礫の積まれた隅まで。

今まさに、二つの念がぶつかり合おうとしていた。

直立不動な奇術師の隣で、腕組みをしつつ様子を見据える十字の男。
その他団員等も興味深げに見つめる中、少女はゆっくりとオーラを身に纏い始めた。
大きな音を立てて指の骨を鳴らすウボォーギンが楽しげに笑う。
一気に“纏”を発動させると、彼はそれにさえも微動だにしないアガサに対し口を切った。


「オメェがどれくらいの使い手かは知らねぇがよ」
『……』
「久し振りに楽しませてくれよ!」


そう言い放つと同時に、二人の周囲の空気が動いた。

ウボォーギンの右拳が少女に向かって振り下ろされる。
けたたましい音と共に地面が穿たれ瓦礫が飛び散った。
先手を取った巨漢に、団員の数人が次の瞬間に驚愕に目を見張った。
ウボォーギンの勝利を疑わなかった彼等が、である。

アガサが佇んでいた。
男の振り下ろした拳を眼前に、先と変わらない無表情で。
咄嗟に一歩後ろに下がったのだと考える事も出来ただろう。
だが念の達人である、身体能力の逸脱した者等の目は確実に真相を捉えていた。
少女は“動いてさえもいなかった。”


「おらぁ!!」


間を空ける事なく直ぐに二発目が繰り出される。
素早く右手を地面から引き抜き、今度は左拳がアガサの顔面に向かって突き出された。
突風の様な風圧が彼女の頬を撫でる。
しかし実際に、ウボォーギンの拳は直立不動の少女の顔の横を通過しただけであった。


「何ぃ!?」


傍観者が皆驚く中、攻撃を仕掛けている男もまた目を見開いていた。
ウボォーギンの攻撃が全くアガサに当たっていない。
避けている動作は皆無である。
寧ろ、念の熟練者である全員の目には、彼が攻撃を外しているようにも見えていた。


「―――…またあれか」


更に拳を振り出すウボォーギンを見つめながら十字架の男は静かに呟く。


「巧妙だな。ウボォーのオーラを自分のオーラで誘導して、攻撃を回避している訳か。あの時と同じだ」
「へぇ。クロロ、アガサのアレ見た事あるんだ◆」
「ああ。因みにフィンクスは体験済みだ」


顎に指を置き冷静に分析するクロロ。
そんな彼に隣で佇んでいたヒソカは含んだ笑みを浮かべながら問うた。
その表情には先日の憤怒や嫌悪は顕わになってはおらず。
一方興味深げに言葉を紡ぐ旅団の頭は、先日自身見た光景と今目の前のそれを重ねていた。

“魔女の慈悲”。
他者の念を自在にコントロールする、アガサの能力を。


「相手の念に自分の念を同調させて操作する。それがアガサの念能力さ◆」
「相手の念のコントロールか…確かにそれが出来れば理論的には攻撃を躱せるが」


オーラの流れを変えてやれば攻撃の軌道は必然的にずれる。
いくらウボォーギンの腕力と云えど、“纏”の状態であれば対処が出来る。
クロロの言う通り、攻撃を回避する事は理論上では可能だ。
しかし、可能であっても安易に行えるものでは決してなく。


「…相当のセンスが要るだろうな」
「そうだよ★ でも、アガサはそれを的確に、しかも瞬時にやってのける」


相手の、自身とは異なるオーラとの同調。
その一寸の狂いも許されない力加減は、相当の集中力と絶妙な判断力、そして表現力を要する筈。
それを少女は瞬時に、しかも的確に出来るという。
だからこそ実際に、今こうして攻撃を続けるウボォーギンに平然と対処しているのだろうが。

あの様な小さな少女が、ああも自在に扱えるものなのか。
クロロを始めとする団員達が、そう思い疑心を抱くのも当然の事だった。


「―――ンの、ガキがぁ!!!」


特に、実際に対戦しているウボォーギンはそれを強く感じている事だろう。
何度も逸らされてしまう攻撃に焦燥が募る。
彼は肉体戦に主旨を置く強化系である。
自尊心に傷を付けられる心地に巨躯の男は吠えた。

両手を絡め拳を作る。
まるで鉄槌の様にその屈強な拳が、少女の頭蓋目掛けて力の限り振り下ろされた。
今度こそ逃げ場のない状況だと思われた。
大きな岩片が、最初の攻手よりも激しく散らばった。


「―――…おいおい、マジかよ…!」


しかし、それさえも、アガサにとっての脅威にはならなかった。

自らの手元を見てウボォーギンは驚愕に乾いた笑い声を上げた。
あれ程強く握られていた拳は、少女を避ける様にして開かされており。
彼の両手に包まれる様な形でアガサは佇む。
真っ直ぐに見上げてくる不思議な色彩の双眸に、男は言い表せない予感を覚えた。




「彼女は最高の果実さ◆」




二人の様子を見つめながらヒソカは陶然と豪語した。
大きな力を秘めた少女。
その小さな背中に愛おしさと信頼を込めた視線を送りながら。

にこり、と微笑するアガサを、そこに居た誰もが凝視していた。






























笑顔で壁を作る
(その笑みは誇り)
(愛する者からの、愛情と信頼の証)






20121215.

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