戦国BASARA(中編完結)

□女物語
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春が過ぎた五月、如月家の姫である鈴花様と織田信行殿の祝言が挙げられた。

盛大に祝われ敵同士であった如月と織田は同盟を組み次々と戦で勝利を掴み上がった。



がその反面、全く戦に協力をしない信行様は外れ者とされ今は城を追い出され小さな屋敷で監視されながら暮らしている。




『……………………』




「どうしたのだ?さっきから黙りっぱなしで」




『………何となくですが…嫌な予感しかしないのです…』





梅雨の雨を見上げながらそう呟けば隣にいた信行様が笑いだした。こっちは本気で言っているのに…。呆れたように信行様を見ればすまん。と謝りながら私の頭を撫で始める。




『私は本気で言っているのですよ?そんな悠長な事ばっかり言ってないで真剣に…!!』



「………分かっている」





悲しい表情をする信行様にハッとする。ただ呑気に過ごしている訳ではないのだ。死と言う恐怖が今も信行様の心を蝕んでいるんだ。




『…………ご、ごめんなさい…』



「鈴花姫様、春になったら花見をしに行きませんか?」



『は、花見…ですか?』



「ああ、私と鈴花姫様と腹の赤子と」





優しい表情で私のお腹に手を当てる信行様。そう、私のお腹には信行様との子が居るのだ。勿論、昌次や信長殿には言っていないが監視している忍が報告しているだろう。



信行様と話をし、何があってもこの子だけは守ると誓いあった。どんな事があっても…。




『………ならば、それまで生きましょうね』




分かっている。こんな事を約束しても守ることは出来ないって…それでも嬉しそうに笑う信行様を見ていたらそう言わなきゃいけない気がしたのだ





「ああ…約束だ」


『破ったら針千本ですよ?』


「おっと、それは困るな」




私達には残された時の中で精一杯生きなければならない。














そして冬になった。肌寒くなってくる中、私は信行様との子を産んだ。立派な男の子で名を信勝[ノブカツ]と名付けた。



信行様は泣きながら私と信勝に有り難うと言ってくれた。そんな信行様を見ていたら胸が締め付けられるぐらい苦しかった。





信行様はあとどれだけ生かしてもらえるのだろうか…あとどれだけ一緒に居られるのだろうか






「見てみろ鈴花!目元が私にそっくりだ!!」



『信行様は親バカになりますね。』



「むっ… こんなに可愛い子が私の子なのだぞ?親バカにもなる」



『生まれたのが娘ではなくて良かったですね。もし、娘だったら信行様は嫌われていたかもしれないんですから』



「そ、その様なことは…ない、はず!」




不安そうに信勝を見る信行様を見て思わず笑ってしまった。幸せだ。こんなに幸せだと感じたのは秀次様と祝言を挙げたとき以来かもしれない



例え、この幸せがもうすぐ奪われてしまうとしても私は信行様を愛し続ける。














「…………………………」




『………それは…本当なんですか…?』



「約束…守れなかったな…」





そして春が来た。桜はまだ蕾のまま。傍らで信勝が泣いているが今はそんなの気にならない。

いや、気にしてられないの方が正しいだろう。
昌次から信行様に切腹せよとの文が届いたのだ。まるで、信勝が産まれるのを待っていたかのように…。




信勝を抱き上げ私の方を見つめる信行様。きっと今の私は酷い顔をしているに違いない。





『………昌次は……信勝も殺す気かもしれぬ…』



「………………………………」



『逃げましょう信行様!誰も知らぬ土地で三人で暮らしましょう!!』




違う。こんな事を言いたい訳じゃない。信行様だって随分前から覚悟をしていたのだから私が我が儘を言って良いわけない。信行様が一番怖く悔しく辛いだ。




『…私は……失いたくない!信行様も信勝も 失いたくはないのです!!私の忍に頼み…っ』



「…………鈴花」





信行様の落ち着いた声で現実に引き戻される。
思い知らされる昌次の計画。卑劣で卑怯で残酷…血も涙もない人間。





『…どうしてなの……何で信行様が死ななければならないのっ…何で私達がこんな目に…!!』




信行様が何をしたのだろうか?信行様が何故死ななければならないの?どうして私の大切な人達が奪われなきゃならないの?




「私は昌次殿に従う。だが、鈴花とこの子だけは死なせない。」



真剣な顔付きをする信行様に違和感を感じた
嫌な予感がする。あの時と同じ…




「………………許してくれ…鈴花」




信行様が謝るのと同時に意識が遠退いていく。
ドサッと音をたて倒れる鈴花を優しく受け止めた信行。





「………紗知殿、すまない。こんな事をさせてしまって」



「いえ、構いません。我々も姫様には死なれては困りますから。それで、信行様はどうするんですか?」



「私は鈴花と一年間の思い出が詰まったこの屋敷で死ぬつもりだ。だが、昌次殿に骨は拾わせない。」



「…………宜しいのですか?我々ならば信行様もご一緒に拐うのは簡単です。それに、信行様が生きてくだされば姫様も喜びます」




紗知は鈴花を抱き抱えた。もう一人の忍が屋根裏から降りてきて信勝を抱き上げた。

最後に確認するように信行に訪ねる紗知。それでも信行は首を縦には振らなかった。呆れたようにため息をつき鈴花と信勝を抱き上げ屋敷から出て行く紗知達を見届け信行はニッコリと微笑んだ。





屋敷の中を一周したあと火を放った。燃え広がる炎を背に信行は一番の思い出の場所へと向かう。

屋敷の離れにある秘密の部屋。ここは初めて私と鈴花が愛し合った寝室だ。未練がましいかもしれないが…ここが一番の思い出の場所なのだ。



信勝が産まれた場所でもある。一年という短い期間を私は生涯愛そうと誓った女と過ごし愛し合った女との子供が産まれた。





幸せと言うには大きすぎる思い出。思い出せば思い出すほど涙が出る。






「誠に良き人生であった。鈴花…信勝…去らばだ」





部屋の隅から隅まで火を放ち、部屋の真ん中に座り刀で自らの腹を刺す信行。最後の最後まで思い浮かべるのはやはり鈴花だった。



彼女は強い。力ではなく精神的にだ。だからこそ、脆いのだ。誰かが支えなければ崩れ、壊れ、狂ってしまうぐらい。

私には鈴花を支えることも守ることも出来ない。いや、最初から出来ていなかった。



彼女は自らの力で立ち上がり自らの力でこの戦の世を生き抜くだろう。だが、その力が尽きた時に助けが必ずしも必要となる。



それはきっと――――真田幸村殿だろう。





「………くやしい……な…………」




出来れば私が側に居て支え守り共に生きていきたかった。そんな叶わぬ事を願いながらゆっくりと目を閉じていく信行。


炎は容赦なく信行を包む。建物は崩れ落ち原型を求められないぐらいになっていくのを少し離れた木の上から見下ろす如月忍隊の忍達




「…………長、これから何処へ?」



「甲斐に向かう。話も全てついている。」



「姫様は泣きますかね。事実を知ったら。」



「………それは姫様しか分からないこと。今は姫様と若を安全な場所で休めることが大事だ」





紗知の言葉に頷き一斉に甲斐へと向かう忍達。
紗知におぶられ気を失っているはずの鈴花の頬には涙が流れていた。














『……………ん………………?』




目を開けるとそこは見慣れない天井と部屋だった。嫌な予感は当たってしまったのかと冷静な自分がいる。





「目を覚ましましたか、姫様」




『……………信行様は?』





聞かなくても分かっているはずなのに聞いてしまう。結果など目に見えている。



「………信行様は自ら屋敷に火を放ち屋敷と運命を共に。死体など全て燃え尽き残っているものはありませんでした。」




『やはり、信行様は一人で逝かれたのですね。信勝を授かったときに嫌な予感しかしなかった…でも気のせいだって信じたかった』



「…………姫様、信行様はっ…」




紗知は出そうになった言葉をグッと飲み込んだ。何も写さない瞳をしている鈴花に違和感覚える。





『信行様は最初から屋敷と共に死ぬつもりだったのだろう?ここへ私と信勝を保護するようにと頼んだのも信行様…違うか?』



「姫様の言う通りです。信行様は全てを分かった上で姫様と若の命を優先して欲しいと我々に頭を下げてまでお願いしてきました。故に断れなく…勝手な行動をしてしまい申し訳ありませんでした」




床に頭をつけ謝る紗知を見て微笑む。信行様らしい。



『構わぬ…信行様相手では断るのは無理であろう。それより、信勝はどこだ?』



「つい先程まで泣いていたので姫様を起こさぬようにと別の部屋で夜一[ヤイチ]が寝かしつけています。アレでも赤子の面倒は得意らしいくて」



『そっか…少し一人にしてくれないか?考えたいことがありすぎるんだ』




少し渋りながらも頷き部屋を去る紗知。それと同時に押し寄せてくる感情をゆっくりと飲み込む。声を出してはいけない。決して弱音を吐いてはいけない。





『……っ……信行様っ……つっ……』






覚悟していたはずなのにいざ失ってみると意図も簡単に崩れていく。痛いはずの胸があまり痛くない。






そんな鈴花の姿を襖の外で見つめている幸村。何かをするわけでもなく拳を握り黙っているだけ。






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