戦国BASARA(中編完結)

□女物語
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日が沈み満月の月が顔を出す。満月の月は私を見下し嘲笑う。少し荒い風に髪を撫でられる。

もうすぐ夏とは言えやはり夜風は肌寒い。今頃ならば信行様と信勝の三人で花見をし、月を見ながらこれから先どこへ行くか何をして遊ぶかなど楽しく幸せな日々を送るはずだった。





『―――死のふは一定 しのび草には何をしようぞ 一 定かたりをこすよの―――』





信行様が良く口にしていた唄。



人はみんな死ぬのが運命[サダメ]。 自分がこの世に生きた証に一体何をしなければならないのか。 自分の生き様が、後世の人の語り草になるように 。



と言う意味がある。信行様に何故その唄をと聞けば兄上がよく口にしていたから自分も移ってしまったらしい。



深い唄、深い意味。私にはこの唄の意味が今一理解できない。そう正直に言ったら信行様は笑いながら私の頭を撫で「鈴花にはまだ早いか」と言った。














「鈴花よ、少し痩せたか?」



『…信玄殿』



「今宵は誠に美しい満月じゃ。月見酒でもしようかと思うてな…ちと付き合ってくれぬか?」



『…………私で良ければ。』






酒を片手に鈴花の隣に腰を下ろす信玄に自然と笑みが零れる。けれど、それはほんの一瞬で消える。





「幸村が…主に何かを申したかは分からぬが酷く落ち込んでいたな。佐助は気に入らんことがあったのか姿を見せぬ。」




『………きっと原因は私、だと思いここへ?』



「鈴花を責めているわけではない。だが、主も煮えきれぬ答えばかり出しているのもまた事実であろう。幸村にとって主は初恋の相手じゃ、幸せになってもらいたいと佐助だけではなく儂とて願っている」





言いたいことは分かる。信玄殿もまた同じ。
ここまで来ると真田様が羨ましく思う。こんなに沢山の人に囲まれ、愛され、慕われている


だから、余計に分からないのだ。欲しいものは手に入る。それなのに私に執着している。




『……私とて意志はありまする。どの殿方と一緒になろうが私の勝手。真田様とは夫婦になるつもりも、気持ちを交わすつもりもありません。』



「主の良いところは真っ直ぐで素直なところ。だが、時にそれは弱点にもなる。」



『確かに長所であり弱点でもあるかもしれませんけど、私は私。こんな私だからこそ秀次様や信行様、それと真田様は好きになってくれたと思っています。』




「儂から一つ、主は一体いつから婆沙羅を知ったのじゃ?儂と出会ったときは力の覚醒はあってもそれが“婆沙羅”だとは知らなかったであろう?」




『昌次ですよ。昌次は私の力で天下を横取りしようと考えていました。恐らく今も。だから私は立ち向かわなければならないのです。戦を無くす為には何をしたら良いか…それは簡単で単純なのにそれを実行にうつさないのはうつす勇気がないから』





武器を捨てると言う選択はない。男には男にしか分からない思いがあると慶次さんに教えて貰った。


刃を交えなければ伝わらない思いもあるのだと。だから、無差別に力を発散しているのではないと。



『私には分かりません。何故簡単で単純な事なのにしようとしないのか…戦無き世にしたいと皆は言うがならば何故、人は人の上に立つのか。平等であるべき命に何故“価値”を付けたがるのか。』



「………………………………」



『昌次に言われました。“婆沙羅を持つ者は世の中で最も価値があるのだ”と、だから私は大切に扱われてきました。それが嫌で凄く嫌で普通になりたいと思ってました…それを叶えてくれたのが秀次様と信行様が叶えてくれた。』





嬉しかった。普通になりたいと願っていてそれが叶って幸せになれた。二人が私にくれたモノは大きくて言葉には表せないぐらい。





『だけど、それは一瞬で奪われてしまった。信勝までもが私から引き離されてしまった。苦しくて、辛くて、いっそ死んでしまいたいとも思っています。』






けど、死んだら逃げにしかならない。私は私から全てを奪う昌次を許すわけにはいかない。





『でも、私は逃げたくはありません。』






真っ直ぐに信玄の瞳を見つめる。私の運命は足掻けば足掻くほど私の足は泥沼に浸かっていくのだ。



「………母に似ているのぅ。」



『当たり前です。母様は私の自慢の母様なんですから。』





にっこり笑う女性と呼ぶにはまだ少し早い少女は本当に強いと思う。何人もの大切な人を失っているのに自我を失わない瞳と心。



綺麗な顔立ちや凛とした姿は母である御華にそっくりである。―――嘗て愛した女に…





だからこそ、ほっとけないのかもしれない。
似ている…いや、似すぎているからこそ次は手放したくないと考えてしまうのかもしれぬ。







『……信玄殿?』



「主がそこまで言うならば儂も協力しよう!!」



『えっ?あ、は、反対なさらないのですか?』



「なんじゃ、反対して欲しいのか?」



『いや…えっと、母様の事があったので。反対されるのを覚悟していたと言うか…本当に宜しいのですか?』





何を?なんて聞かなくても分かる。娘のように可愛がり、娘のように扱ってくれた。信玄殿は他人より物凄く頭が良い。だから、私が考えている事もお見通しなのだろう。






本当にいい人だ。母から私まで面倒事を見てくれる。嬉しいと言うかくすぐったい。




「主は一度申したことは必ずややりとげるからのぅ。御華の血を濃く受け継いだのであろう。昌次の件…儂からは残念としか言えぬ。」



『昌次とは恋でも敵同士だったとお聞きしました。それもとてつもない修羅場だったとか…』



「昔の事は忘れたわ…それより何故鈴花が知っているのだ?」



『昌次に仕えていた侍女に聞いたんです。母様の昔話を知っているのは昌次と信玄殿と謙信殿と…母様だけだから。』





悲しそうに笑う鈴花の頭を撫でる。
一瞬、驚いた顔をしていたが直ぐに見慣れた笑顔を向けてくる。日だまりの様な優しい微笑みに信玄も自然と笑みが零れた。






『信玄殿、私はきっと真田様が好きです。好きだからこそ今回の件…いいえ、私が関わる全ての事に関わらせたくはないのです。』




「本人が鈴花とは離れたくないと申してもか?」




『はい。例え真田様が首を縦に振っても私は首を横に振るでしょう。私は私である為に強くなりたいのです。誰にも負けない強さ…力とはまた別の。』




「………………………」






黙り鈴花を見つめていれば困ったように笑う鈴花。そんな姿を見て信玄の心に罪悪感が襲う。





『……真田様には“普通の幸せ”を手にして欲しいのですよ。信玄殿が母様に想った様に私も真田様を想うが故の行動ですよ。』




先程の幼い笑みとは違い、今度は大人びた表情をする鈴花。その言葉が嘘か真かは満月の月と鈴花自身しか知らないし分からない。



今ここで鈴花に聞いたとしても求めている答えはきっと返ってこないと直感した信玄は鈴花にお酌された盃を見つめたまま微笑む。











―――――――――――幸村side.





鈴花様とのやり取りの後、無性に怒りが溢れこのままでは鈴花様を更に傷付けてしまう…と思い自室にこもった。



案の定、鈴花様は追いかけては来ない
こう言う場合、普通は追いかけてくるものではないのか?とまるで女のように女々しい自分を嘲笑う。




あの時、確実に彼女の瞳には自分ではない“誰か”が写されていた。




――――『……………のぶゆき、さま…』




潤んだ瞳に弱々しい表情、凛とした姿は何処にいったのだろうかと思うぐらい弱々しかった。


だからこそ、守りたいと今まで以上に強く思った。強く抱き締め優しく頭を撫で甘い言葉をかけ優しくふんわり微笑む鈴花様が見たいと思ったのだ。







「………っ!くっそォォォオ!」





なるべく声を上げないようにと努力をするが自分の性格上、それは無理な話だ。心を落ち着かせようと月を見上げる。



綺麗な満月の月、そんな月が何となく自分を見下し笑っているような気がして更に苛々が募る。こんな所を佐助に見られたら確実に馬鹿にされるだろう。







もしかしたら、俺を心配して鈴花様に失礼な事を言っているかもしれない。自分で言うのもなんだけど、部下にはかなり慕われている。

特に佐助は俺を心配しすぎてオカン状態だ。
自分では、「オカンになったつもりはないし!大体俺様は男だからね!」と否定していたが実際はどうだか分からん。




「…だーんな」



「あ、オカ…佐助か」


「今、オカンって言いそうになったでしょう?俺様には分かるんだからね?」


「…き、…気のせいであろう?」


「人の目を見て話そうね、旦那。で、姫さんとはどうなったわけ?」




気まずそうに顔をそっぽに向ける幸村にはぁとため息を出す佐助。その表情はやっぱり…と言いたげな困ったような顔をしている。




「俺より鈴花様はどうしているのだ?」



「呑気に大将と月見酒してるみたいだよ?ほら、今日は満月だからね。」



「……泣いて、いたのだろうか…」



「さあね?姫さんの事だからチャラっとしてたんじゃないのー。それよりさ、いい加減諦めたらどうなのさ」



「………それは…っ…」



「姫さんは旦那の事なんかこれっぽっちも想ってないんだよ?おまけに血も涙もない姫さんだし。旦那ぐらいの要素があればいい縁談だって山程来てるんでしょう?どうして姫さんにそんな執着し続けるわけ?」





うっ…と顔を下にうつ向かせる幸村に図星だったのかと思う。これは全部、本音である。



旦那は顔だって整ってる方だし、槍を持たせれば日本一。問題があるとすれば旦那自身の性格だけだと思う。

いい縁談話だって、今も山程来ている。その度に返事を届けている俺様達の身にもなってもらいたいぐらいなのだから。






「確かに…鈴花様じゃなくとも良いかもしれぬ。だが、こんな生半可な気持ちを抱えたまま別の姫を嫁に貰っても俺は幸せにはなれないと思う。」




「……あのね、旦那!!今の世の中好きや嫌いだけじゃどうにもならない事だって山程あるんだよ!?現に旦那の初恋は未だに叶ってないでしょう?この世には絶対叶わない想いだってあるんだから」




まるで、自分に言い聞かせているように喋っている佐助に違和感を感じる。確かに今の世の中、好きや嫌いだけでは生きていけない。


時には折れ、嫌いを偽り好きと言わなければならぬときもある。それぐらい俺も馬鹿ではないから理解はしているつもりだ。





「だが、やはり好きな者と共に在りたいと思うのは仕方がないではないか。」





“仕方がない”の一言で片付けては失礼かもしれない。でも、今の状況と会話からすれば“仕方がない”と言う言葉が合っている。



佐助とは恋の話をしたことはない。ないと言うより…気が付けば俺より先に佐助が俺の変化に気づいていて何かと手助けをしてくれていたから佐助の話をする間がないのだ。


話上手で聞き上手な佐助はいくら質問をしてもすぐにはぐらかす。何でもなかったように相手に別の話題を持ちかける。




忍故の行動なのかもしれないが、何となく気に入らない。そこでふっとあることが頭の中を横切る。






「……似ているのだ…主ら二人は。」



「はい?」



「……佐助と鈴花様は、どことなく似ている。顔とかではなく性格?いや違う。」





よく分からぬが…凄く似ている。と真顔で言う旦那に冗談は止めてよーとおちゃらける。









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