國崎出雲の事情(中編完結)
□私と愉快な仲間10
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『………お世話になりました。』
一日は短い。一日はあっという間だ。一秒一秒がこんなに大切だと感じたのは久し振りだった。
「ちいちゃん…」
『大丈夫ですよ!私こう見えて神経図太いんですから。秋彦さんは心配性ですね』
そういう所が好きですよ。と笑えば秋彦さんは眼鏡が曇るんじゃないかってぐらい顔を赤くしている。
「本当に出雲達に言わなくていいのか?」
『言わなくてもいつか知る時が来ます。その時に話しても遅くはないと思うから…それに今が大事な時だから余計な心配かけたくないんです。』
「……………………」
『そんな顔しないで下さいな。帰りづらいじゃないですか』
「俺はお前みたいにヘラヘラ出来るほど器用じゃねーからな」
『うちも器用じゃないです。ただ笑うことに慣れてるだけ』
時間だ、と門の方からスーツを着た人が数人現れた。井神から私の監視兼迎係を頼まれたのだろう。
『…………………また来ます。』
そう言うと秋彦さんはただ笑って手を振るだけ、春一さんはまだムスッとした表情をしていた。
八雲さんはいない。きっと部屋に閉じこもってるのだろう…ううん、来ない方がいい
「荷物はこれだけですか?」
『はい、お願いします』
バタンとドアが閉まる。後ろの席に座って國崎屋を見上げる。もう、帰っては来れない私の大切な場所
『…………………………………っ』
自然とこみ上げる短い間だったけど楽しい思い出。もう一回みんなに会いたかった。もう一度だけ…紗英くんに逢いたい
ブロロロと走り出す車。慣れない車内の匂いに苛立ちを覚える。春一さんや秋彦さんとは違う運転の仕方…どうしても比べてしまう
「ちい様」
『………………気安く呼ばないで』
「なら、何と呼びましょうか?家出娘とか」
ニヤッと嫌味ったらしく語りかけてくる運転手の名前は榊[サカキ]。私が小さい頃から井神に仕えている
『……相変わらず口うるさい男。私、貴方のそういう所がダイキライ』
「僕も貴方の可愛らしくない所がダイキライです」
『あら、似たもの同士ね?気が合うかもしれない』
「生憎、仲良しごっこは好きじゃありませんのでご遠慮します」
『で、私の居場所を教えたのも携帯番号教えたのも榊でしょう?まさか、あの時の仕返し?』
「まさか。そんな昔の話は忘れましたから。」
お互い睨み合う二人だが、信号待ちをしていると急に榊が車の窓を開けた。
『なに?』
「もうすぐですよ」
意味ありげな笑みを浮かべ車を走らせた榊。警戒しながら窓の外を眺めていると見慣れた二人が仲良く歩いている。
「確か…國崎出雲くんに栂敷紗英くんでしたっけ」
『………………何が言いたいのよ』
「ああ、ちい様が好きなのはあの栂敷紗英くんでしたね。けれど、栂敷くんは國崎屋の息子である出雲くんが好き。報われませんね」
鼻で笑い人を馬鹿にする態度は変わらない。窓を閉めて再び黙って運転に集中する榊
「あ、うっかり言い忘れてましたが井神屋でちい様は僕の婚約者としてすでに紹介がされていますから口裏を合わせて下さいね」
『なっ…何を勝手に!?私はそんな話聞いてない!』
「ちい様に言うと必ず反対なさるだろうから旦那様が内密にと。」
よりによって何で榊なわけ!?それに一体井神は何を考えてるの?私と榊が婚約者同士って…勝手過ぎる
『……嫌よ。榊なんかと婚約者同士だなんて吐き気がする』
「ちい様に拒否権があるとでも思いですか?身の程知らずが。愛人の子である貴方は所詮旦那様にとって邪魔な存在でしかないんです。そんな貴方を心優しき旦那様は屋敷に引き取り面倒を見るとまで言ったんですからそれに値するものを犠牲にするぐらい何て事はないでしょう?それとも……國崎屋を潰されたいですか」
榊の本性。井神の為なら何だってする。
屋敷で榊ほど怖い人はいないと思う。私には拒否権なんか最初から存在しない
愛人の子…私につけられた存在名。井神はきっと私と榊を結婚させて私の存在を公表してもいいものにしたいのだ。愛人の子を引き取りました。なんて井神屋が損する言い方をするわけない。
「さあ、着きましたよちい様」
『……………私は認めた訳じゃないわ』
「ちい様がどう足掻こうが無意味ですよ。この屋敷では旦那様の次に偉いのはこの僕ですから。」
にっこり微笑む榊。私はこの笑顔が小さい頃から嫌いだった。何かを企んでいるくせにそれを悟らせない行動、言葉が腹立たしい
車から降り、部屋へと案内してもらう。
私の部屋は別邸にある一番奥の部屋だ。
本邸からは少し離れている。この別邸は井神が榊の為にと建てたものらしく榊の許可がある者でしか入れないらしい。
「この別邸は普段は誰も入りませんから少しはゆっくり出来ると思いますよ。旦那様も別邸には一切来ませんし。僕と貴方の二人っきりです」
嬉しいですね。と思ってもない事を口にする榊を無視して携帯を確認する。
ずっとバイブにしてて気付かなかったが秋彦さんや春一さんから何通かメールが来ていた
『……(春一さんのメール、心配しか書いてない)』
「おや?携帯なんか持ってたんですか」
『ひゃあっ!』
ふぅっと耳筋に息を吹きかけられビックリして携帯を落としてしまった。慌てて拾おうとするとガンっと横腹を蹴られた
『うっ…げほ!』
「困るんですよ。こういう物を持たれたらこちらの居場所がGPSで探られてしまう可能性がありますし。それに貴方には僕以外必要ないでしょう?」
『か…えしてっ……けほ』
「そんなにコレが欲しいですか?」
『榊…あんたにとったらそないな携帯は価値のないものやって思ってるやろ。けど、うちにとったら大切な人がくれた大切な物やねん!だから、返して!』
余裕そうに携帯をブラブラ見せつけてくる榊に向かって走る。人を殴ったりなんかしたことないくせに何するつもりだよって自分で自分にツッコんでしまう。
でも、八雲さんが初めて私にくれた携帯
八雲さんと同じ携帯。すごく嬉しかった
だから…だからこそ…
『それだけはやだぁ!』
「………………………ああ、残念」
パキッと音が部屋に響く。楽しそうに笑う榊に何が起きたのか分からない。携帯が折れると同時に私の心も折れたんじゃないかってぐらい真っ白だ。
『榊っ!』
「言ったじゃないですか。貴方には僕以外必要ないって…まだ分かりませんか?なら、直接体に教えなければなりませんね」
『サイテー…』
「最低でも構いませんよ。貴方が僕を必要とするならね?それに暫くは二人で過ごすんですから最初からこんな感じでは身も心も持ちません」
リラックスしましょうか。と部屋の窓を開け始める榊
冗談じゃない!誰が榊なんかと…
「あ、忠告しときますが勝手に屋敷から出ないで下さいね?痛い目みますよ」
薄く笑い部屋を出ていく榊。部屋に残されたのは酷い顔をしている私と真っ二つに折られた携帯だけ
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