short story 2
□春風
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庭の土の上に四本足の椅子を置いて、彼女は南からやってくる春風にうっとりと目を閉じた。
「座って。」
「はい!」
その後ろから声をかけると彼女はいつものように元気な返事をして、その椅子に腰かけた。
独特の春の香りがする。それは少しほこりっぽいような、花の香りも混じっているような。
「まぶしいですねえ。」
膝に行儀よく手を置いて、彼女は霞んだ空の向こうを見透かすつもりのように目を細める。
春の空は濁っていて太陽の場所がはっきりしない。
それでも確かにまぶしいのだ。
瞼の裏にまぶしさのせいか痛みが走る。
一度目を閉じて、それからはもう空は見なかった。
「じゃあ、お願いします。」
「…本当に俺でいいのか。」
「?どうしてですか?」
まるでそれが常識かのように彼女は不思議がった。
俺を見上げると空が見えるから、またまぶしそうに目を瞬かせる。
そうすると一緒に震えるのだ、茶色い前髪が。
「前髪は人のイメージを左右すると思うから。」
「ちょっとですから。大丈夫です。」
「・・・・。」
「責任重大、ですか?」
彼女は笑っていた。困った子だな、と思う。
でもそうじゃないなと思い直す。困った女性(ひと)だな、と。
「ちょっとだな。」
「はい、ちょっとです。」
少し顎を引いて彼女が目を閉じた。変にまぶしい明るさが幸いして細かいところまでよく見える。
ハサミを構えたところでふと気付く。彼女は真っ直ぐに見ているのに、大事な髪を任せてくれているのに、俺は。
「文句言ってくれるなよ。」
粉のように小さく切り落とした前髪が春風で飛んでいくのを横目で追う。
視界にかかる邪魔者をものともせず真っ直ぐに見つめてくる彼女の目の前を、すっきりさせてやろうと思いながら。
END