short story 1

□雨恋-amagoi-
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人通りの少ないアスファルトに、無数の滴が落ちていく。
遠くのネオン街の明るさが夜の上に被さって、真っ暗なはずなのに空は色あせた紺色のよう。


冷えたガラス窓にぺたりと両手をつけて、わたしはテグスのようにちらちらと夜空に見え隠れする雨の線を目で追った。


フローリングに立てたひざが痛いことも忘れて。





雨恋-amagoi-










「雨、ですね。」



窓辺にくっついて、部屋の明かりに映しだされた自分の隙間から外を見つめる。


梅雨のしとしと雨は夜の空気を冷やして、さっきまでつけてくれていたエアコンの除湿機能は停止された。


飲みきらないコーヒーもまたローテーブルの上で冷えて、それが窓越しに視界の隅に映る。ソファにもたれかかる秋山さんと一緒に。



「止んでから帰ればいい。」



明日急ぎの用事がないのなら。
そう言って秋山さんはこの部屋に溶け込むように再び黙ってしまった。


ざあざあと窓を通り抜けて聞こえる雨の音がなければ耳鳴りさえしそうな静かな部屋。
普段どれだけわたしがしゃべり続けていたのかが、こんな時に分かってしまった。



「秋山さん。」



振り返って、実像の秋山さんを見た。
呼んだだけじゃ返事をくれないことも、視線をよこしてくれないことも知っている。
ひざ立ちのまま移動しようと試みると、ずいぶん長い間くっついていたせいか、フローリングから剥がれるようにひざが音を立てた。



「秋山さん。梅雨っていつまで続きますか。」



ようやくたどり着いた秋山さんの傍らにひざを抱えて座りこむ。
暖色のライトの下、開かれた洋書の文字がぼんやりと浮かび上がって秋山さんはそれを目で追っていた。



「どうだろうな。」



わたしを見るわけでもなく、窓の外を見るわけでもなく、秋山さんは淡々と答える。だけど決してぞんざいな扱いをされているわけではなくて。



「おまえは雨、嫌いそうだな。」



こうして時々、斜め上からわたしを見てくれる。
適当な返事をしたのかと思ったあとの不意打ちは、いつまで経っても慣れることはないから・・・きっと秋山さんの中でわたしの印象はぽかんとした表情なんだと思う。



「そう、ですか?」


「梅雨がいつまで続くのか、心配そうに聞いてきただろ。」



また洋書に目を通し始めた秋山さんは、わたしについて推理した。
じっと見つめることなんてしないのに、きっと声音や動きなんかでわたしの気持ちなんてお見通しなんだろう。


でも、ね。



「そう・・・ですね。わたし、雨は好きじゃないかもしれないです。だって、お気に入りのワンピースが濡れちゃうし。」



きゅっと淡色の生地を握った。
おまえに似合っていると言ってくれたワンピース。



・・・やっぱり、うそをつくのは苦手です、秋山さん。



だって今日は雨が降るんだと知っていたから。
かばんの奥底にある傘のことも、知っているから。

雨なんて、
止まなければいいのに──



なんでもお見通しの秋山さんだけど、きっとこの気持ちは分からないでしょう?




もっとずっと、一緒にいたいんです。
それがたとえ、秋山さんの言う"良くない"ことだとしても。
いいんです、わたしは秋山さんに恋をしているのだから。




「早く、止むといいですね。」





わたしはこんなにもばか正直なのに。


秋山さんはこんなにも頭脳明晰なのに。


どうして2人の間のうそは解けないのか。




「てるてる坊主、作っちゃおうかな。」




ぎしり。フローリングが音を立てた。
わたしはまたぺたりと両手をつけて窓辺にくっついて。



おねがい、止まないで。
祈りながら。



わたしの部屋に吊るされた、逆さを向いたてるてる坊主を思い浮かべた。


END


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