ミッシング・ハート2

□第1章
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「…………」
眉をひそめた。
嗅ぎ慣れた臭いではあったが、あまりにも濃度が高い。
噎せるようなことはなかったが、気分の良いものではなかった。
「……酷いな」
Misakiは端的な感想を漏らし、歩を進めた。
およそ30分前だ。
この『ゴルゴダ』から緊急信号が発せられたのは。
信号を受信したレイヴンズ・アークからの要請を受け、今しがた現場に到着したが、もう遅かった。
『ゴルゴダ』内部の有り様は、酸鼻の一言に尽きる。
床や壁には夥しい量の血液がブチ撒けられ、至るところに死体が転がっていた。
この様子では、生存者がいる確率は極めて低い。
気配や息遣いが感じられない点から、大量虐殺の主人公も現場には残っていまい。
「…………」
Misakiは無言のまま、耳が痛くなるほどの静寂に支配された『ゴルゴダ』内を見て回った。
徒労に終わるとしか思えないが、何もしないよりはマシだ。
一般的な道徳感など持ち合わせていないが、これを見て冷静でいられるほど腐ってもいない。
死んでいった者たちへの手向けとして、せめて、できることはしてやりたかった。
犯人がおらずとも、犯人を特定できる何かが見つかれば僥倖だ。
見つけ出し、犯人を同じ目に合わせてやることだけはできる。
だが、何もなかった。
通路、階段、室内――どこを見ても、あるのは死体と血痕だけ。
「ここも同じ、か」
もう幾つ目になるかも分からない研究室を覗き込み、落胆したように呟く。
「それにしても――」
その辺りに転がっている死体を横目で見やり、
「何があったんだ?」
続けて、緩やかに壁や床に視線を移す。
施設内を一通り見て回ったが、不可解な点が幾つかあった。
まず、死体。
損傷が激しい。
激し過ぎる。
身体の一部が欠損している死体が、ほとんどだ。
しかも、銃器や刀剣による欠損とは傷口が異なる。
この傷口は、まるで――
「喰い千切った、という表現が適切か?」
頭を振って苦笑する。
自分で言いながら、悪い冗談にしか思えなかった。
死体の大半は、警備兵。
誰もが最新鋭のボディアーマーに身を包んでいるのだ。
ボディアーマーごと喰い千切るとしたら、それこそ大型の猛獣でも可能かどうか。
「そして――」
壁の傷痕を一瞥する。
それは刀剣によるモノに酷似していた。
一直線に3〜5本の傷が等間隔に並んでいる。
「こっちは、まるで爪痕だな」
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