群雄繚乱
□弱者必衰
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「晴久様…なぜ…」
1554年11月1日、尼子晴久の手によって尼子氏新宮党の尼子国久・誠久が殺害された。
最期の時まで自分を見つめていた肉塊…国久を見つめ、晴久はつぶやく。
「なぜだ…義兄弟の元就も、忠義を尽くしてくれた国久も、なぜ私を裏切る…。」
黒髪の少年は壊れたように叫ぶ。
「なぜだ!!何故皆私を裏切る!!!!」
毛利の軍が迫っているという時にも関わらず、重臣を殺した晴久の考えを理解できる者はいるはずもない…
否。一人だけいた。
この尼子の粛清劇を、遠くの山で見ていた青年。毛利元就その人である。
「謀りごとを先にして大蒸しにせよ」
後ろに控えているのは、小早川隆景・吉川元春の二人だった。
「愚かなものよ…尼子もああなりてはもう人望どころではあるまい。」
この粛清劇、元就の謀略により起きたものであった。
「元就様…今、尼子を攻める事は理解できますが…江良の保護をなさらなくてよろしいのですか?」
元春が進言をする。
江良とは、この粛清の原因となった裏切り…
いや、裏切りと見せかけるための芝居を打ってくれた毛利の内通者だ。
江良の内通はもう、直にばれるだろうから、毛利の庇護が必要なはずだった。だが、江良の保護に向かった兵がいつまでたっても戻ってこない。
「江良か…もう無理であろうな。流石の我も死人はどうにもならぬ。」
元就は無表情に言った。
「?!」
元春は言葉を失っている。
江良は元就の思想の良い理解者だったからだ。
「今…なんと…?」
ん。と元就は少し気分を害したようだったが答える。
「江良や、我が日の民には、尼子・陶家を崩しうるための捨て石となってもらった。…いかでか不満ぞ?」
あまりと言えば、あまりにも残酷な彼の言葉に元春は動けなくなる。
しかし同時に、元春は目の前の美しき君主にとても悲しきものを覚えた。冷たくも哀れみのある心だ。
彼の世界には「人」はいない
幼き頃に肉親をほとんど失い、世界は彼にとって敵しかいなくなった
敵しかいない世界で、どうして人を人と見ることができよう
結果として幼い少年は、世界も人も全て盤上の駒としてしか見れぬようになった
彼の周りの世界がそれを強要したから
そうしなければ、彼は生きていけなかったから
それが、毛利元就という人間を作った世界だった。
「元春よ。戦の準備を。」
元就の声で我に返った元春は言われたとおりに動く。
1555年、厳島で戦いの火蓋が切って落とされた。