群雄繚乱
□狂気散華
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「ああ、つまらない。」
男は戦場を歩く。
「つまらない。」
誰も動く事のない戦場を、一人で歩む。
男の歩く右には、赤の兵が倒れていて。
男の歩く左には、青の兵が倒れていて。
男はそのどちらにも属さず、ただ斬り進んだ。
いや、狩り進んだ。というほうが正しい。
「どれだけ殺しても、足りない。私は満ち足りない。」
男の手には、身長と同じかそれより長い大鎌が握られていた。
澄んだ色の瞳には、肉塊だけが映っている。
端正な顔立ちに長く伸びた髪。
稲葉山城に従兄弟から呼び出されたのはもう二年も前の事。
日ノ本では毛利が井上らを粛清し、織田信長が家督を継いだ。
世界はまた変化を見せ始めている。
乱世が終わるのはいつの事だか。
「また、日ノ本が戦禍に包まれる。」
一時期落ち着いた武田も、村上の崩壊と共にまた勢いをつけた。
パシャ。と男は血溜まりに足を踏み入れた。
革の靴が血で赤く染まっても気に留めない。
「渡る乱世は愚者ばかり…」
男に一人の兵が斬りかかる。殺し損ねたのだろう。
男は鎌で一閃する。
ピッと顔に返り血がつくが、気にしていない。
むしろ嬉しそうに舐め、動かなくなった死体に鎌で傷をつける。この、白い肌に紅い華を散らす瞬間が好きであった。
思い浮かぶのは、かつて同じような状態を晒した愛しい亡骸。記憶の片隅から離れることの無い狂喜の根源。美濃の地に来る前の、もっとはるかに遠い過去の遺物。
「ふ…クックク…クハハハハハハハ!!!」
男は狂ったように笑い出す。
数年後、この男…明智光秀は時の将軍の側近として日本史にその名を現すのだが。
ただ、今は、誰一人動かぬ戦場で、狂気にまみれた笑い声だけが響き続けている。