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□【葉月】とある日の…。
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「や、だ…、や、めて…!」

明け方になり眠りが浅くなってきたところで、そんな声が聞こえた気がして葉山は目を覚ました。

(あー、また?)

最初こそは何事かと、あわてて飛び起きたものだが、こうも連日続くと流石に慣れてきたといっては語弊があるが、ここからの一連の流れは頭に入っている。

「伊月、なぁ伊月!」

そう声を掛けながら若干強めに揺すってみる。
それに対して、嫌だ、とでも言うように体を丸めて反対側を向いてしまった相手の顔をもう一度覗き込んで先ほどよりも強く揺する。
こうすれば目を覚ますことぐらいわかっている。
しかし、問題はここから。

案の定、ゆっくりと瞼を持ち上げ始めた伊月は、ぱちり、と瞬きをした後、葉山とばっちり目があったと思った瞬間、おびえたような色が目に浮かび布団にもぐりこんでしまった。

いくら葉山がポジティブシンキングであっても連日おびえたような反応をされると流石に落ち込む。

(仮にも恋人、彼氏のはずなんだけどな…。)

小さくため息を吐いて丸まった布団を見つめる。
伊月が故意でこんな反応をしているわけじゃないことぐらいはわかっているが、こちらとて、そろそろ我慢の限界だ。
もともと短気な自覚はあるし、自分にしてはよく耐えたと褒め称えたいぐらいのことをやってのけた自信はある。

とりあえずは何時ものように丸まった布団の上から一定のリズムを保って、とんとん、と子供をあやすように叩き続ける。
その体が、かたかた、と小さく震えているのを感じながら、過去の自分が迂闊にも伊月の心にトラウマを植え付けたことを軽く後悔する。


…もうあれはしょうがないでしょ…。
少なくとも数日前までは葉山の姿を見ておびえるなんてことはなかった。


心当たりがあるのは伊月が初めて魘された日の前日。
普段から些細なことでの口論はしょっちゅうだったが、内容なんて忘れてしまったがその日はお互い一歩も譲らなかった。


『伊月なんて一人で何にもできないくせに!!昔っからそうだろ!?』


暗黙の了解で禁句となっていた言葉を口走ったことに気づいたのは急に静かになったのを不審に思い、ふと目の前の伊月の顔を見るとだんだんと青ざめていく様子を確認したとき。
その瞳に水分の薄い膜が張っているのをみて流石に言い過ぎた、と思った時には伊月は背を向けて寝室へ駈け込んでしまった。

ここで外へ飛び出さないあたり、まだ愛されてるのかな、なんて思ってみるが、数時間後葉山が寝室をそっと覗いてみると聞こえてきたのは静かな寝息だった。

『なーんだ…』

拍子抜けしてしまった後は、さっきまで自分が思い悩んだことが馬鹿らしく思えてきて、苦笑する。
伊月の顔を覗き込むと、涙の流れた後が残っていたので軽く拭ってやる。
まあ、明日謝ればいいか、と思いいつも通り伊月の隣に潜り込むと直ぐに意識は落ちた。


しかし、それから連日連夜、伊月は魘されるようになった。
起こしてやるとおびえたように布団にもぐりこんでしまう。
できることと言えば布団の上から撫でてやって落ち着いて伊月が眠るのを待つことだけ。
でも、もうこの方法も限界だ。

とんとん、と叩いていた手を止め、隣に寝転ぶと、ぎゅ、っと抱きしめる。
腕から逃げ出すように身を捩った伊月を引き寄せて耳元に口を近づける。

「いーづーき。大丈夫だから。なぁ、今俺のこと怖い?」

ぴくり、と反応したが無言のままなのでさらに言葉を続ける。

「ほら、俺は伊月より賢くないから言ってくれないと分かんないの。」

「…まだ根に持ってたの…。」

僅かに布団から顔を出した伊月は呆れ顔だったが、もうおびえてはなさそうでほっとする。
伊月があの試合での出来事を覚えているのと同じで俺だってその場で言われたことを忘れたことはない。
と言うより、かなり根に持っている。と思う。
だって、あんなにあからさまに馬鹿だって言われたらそりゃ誰でも怒るでしょ!?

顔を出したのをいいことに、布団をめくりあげて直に抱きしめると自分よりわずかに高い体温。
それに気づくと今度は寝かしつけるように、とんとん、と叩き続けていると初めは不審げに眺めていた伊月から規則正しい寝息が聞こえてきて手を止める。

ため息を吐きながら額に触れてみるとおそらく微熱程度だろうと予測できる温度を感じることができる。
こうなると、魘されていた原因もはっきりとわかった。

(…要するに体調不良だったってことね…。)

そう言えば喧嘩の原因も伊月が意地を張って無理しようとしたからだったかもしれない。
眠っている伊月の耳元で囁いてから満足げに頷くと今日はもう好きなだけ寝ようと二度寝を決め込む。もちろん伊月を抱きしめることを忘れずに。

(ちゃんと伊月は一流の選手だから大丈夫だよ。)


とある日の午前5時の風景。



ーーーーーー
意地の張り合いですぐに喧嘩しそうな葉月。
要するに、体調悪くて毎晩ぐずってただけな伊月君笑
この後はしっかり看病してくれるはずです。

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