薄桜鬼小説

□【混浴騒動】
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「雪村!」

「え、きゃっ・・・」


いつのまにか傍にいた斉藤さんが私の肩をぐっと押して再び湯に沈める。
そのまま自分も湯に浸かり壁との間に私を隠す。



「お?誰か入ってんのか?」

「・・新八か。」

「おー斉藤!お前、なんでこんな時間に風呂使ってんだよ。」


私が斉藤さんに隠されるように湯に身を沈めたのと風呂場の扉が豪快に開いたのはほぼ同時だった。
斉藤さんの背中で姿は見えないけれど、どうやら入ってきたのは永倉さんだったみたい。

あまりにゆっくりと湯に浸かっていたせいで、随分と時間が経っている。
巡察から帰ってきてしまったらしい。


「・・別の任務で出ていたからな。」

「あー、そういやお前今日一日姿見なかったもんなー。」


お互いに分かっているのだろう。
この刻限に風呂を使う人間なんて、返り血を浴びた人間だということくらい。


「・・浪士と斬りあいになったのか。」

「あぁ、まぁ、たいした人数じゃなかったけどな。こっちに怪我人も出てねぇし。」


会話をしながらも永倉さんはこちらに気づく様子もなくザバザバと湯を使って少しばかりキツい血の匂いを流している。

この状況に、眩暈を起こして倒れない自分を誉めてあげたい。
体が密着するほどの距離で斉藤さんの背に隠れているこの状況・・・


永倉さんにばれてしまったら言い訳の仕様がない。



「にしても、お前なんでそんな端っこにいるんだよ。」


ザバッっと勢いよく彼は湯船に入った。
この広い湯船の中で、隅のほうにいる斉藤さんを疑問に思ったらしい。

心臓の音が響いてしまったらどうしよう、と泣きそうになりながら身を縮こまらせた。


「別に、特に意味はない。」

「ま、いいけど。それよりさぁ、」


彼は特に気にした様子もない。それには助かったけれど、彼は話し相手を見つけたとばかりに斉藤さんに話題を振っている。終わりの見えないこの時間に、いい加減頭がふらふらしてきた。


「・・・大丈夫か?」

「・・はい・・なんとか・・、」


こっそりと背中越しに問うてくれる彼になんとか返事を返すけれど、どうにも呂律が回らなくなってきている。
何とか息を潜めていたけれど、それが余計に体の中に熱を留めてしまったらしく、意識が朦朧としてくる。


「斉藤・・さん、」

「・・・・・。」


彼は背中越しに私の荒い息を感じ取ったのか、しばらく思案したあと、ゆっくりとため息を吐き出した。


「新八に事情を話してやる。このままここにいれば確実にのぼせる。」

「えっと・・・」


事情を話して、それで、えっと・・、あぁ、そっか・・二人でに向こうを向いてもらえばその隙にここから出て行ける・・・。途切れそうになる意識を何とか留めようと必死に頭を働かせる。


「新八、今から話すこと、落ち着いて聞け。」

「なんだよ、改まって・・・って、あれ?お前の後ろ・・誰かいねぇ?」


斎藤さんの真剣な声色に永倉さんは眉を寄せる。
しかし、却ってそれがいけなかった。
彼は斉藤さんより視線をはずして、その後ろにいる私という存在に、気づいてしまう。


「・・・誰もいない。」

「いやいやいや!どう見てもお前の後ろに誰かいるだろ!髪が見えてるって!」

「しつこい。いいからさっさと出ろ。」


事情を説明する、なんていってくれていたけれど状況は変わってしまった。
今この場で、俺の後ろには雪村千鶴がいる、なんて言い出したらきっと永倉さんは叫びだしてしまうに違いない。


そうなったら・・・・、と、そこまで最悪の事態を予見して血の気が引いていく。



「ふーん・・・。ま、いいけどな。しっかし、斉藤がねぇ・・・」

「・・・・なんだ?」


斎藤さんの素っ気無い言い方を気にした様子はないが、それでも後ろにいる人物(この場合、私なのだけれど)を明かそうとしない態度に彼は何か思い当たったのかニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「誰だか知んないけどさ、最近入った若い平隊士ってとこか?斎藤に男色の気があったとはなぁ・・」

「な!?」


さすがに斎藤さんも思わず言葉にサッと顔色を変える。


「お!?あれ?冗談のつもりだったけど、マジで?」

「そ、そんなわけがないだろう!」

「ムキになるところが怪しいってんだよ。」


ニヤニヤ、をやめようとしない永倉さんに、斎藤さんは刀があったら絶対に抜いているだろう、というほどの殺気を込めて睨み付ける。


「いい加減にしないと、斬るぞ。」

「ちょ、本気にすんなって!冗談だよ冗談!!」


顎を引いて、本格的に体勢を低くした斎藤さんに、永倉さんは慌てだす。


「しっかし、さっきのは冗談だとして、いい加減に後ろの奴も出てこいよなー。」

「っ・・」


ザバザバと湯船の中を歩きながら永倉さんが近づいてくる。

なんとなく、このまま出て行ってくれるんじゃないかという思いで油断、していた。


「っ・・・・え、千鶴・・ちゃん・・?」











「え、なんで、なんで千鶴ちゃんが!?っつか、斎藤!お前さっきまで、・・・・あれ?もしかして一緒に入って・・・!?」


え、え、と目を見開いて私と斎藤さんの顔を交互に見やって永倉さんは二歩三歩と後づさる。
そうして、今度こそ大声で叫ぶんじゃないかってほど口を大きく開いた瞬間、


「新八ィ!!!
 
 てめぇ、巡察の後、血まみれの羽織を屯所の入り口に放置してくんじゃねぇよ!
 
            屯所中、血生臭くてたまんねぇだ・・・ろ・・・・・。」


バーン!!!


と、思いっきり風呂場の扉を開け放った人物は、きっと永倉さん1人で入浴してるのだと思ったのだろう。まさか、こんな、修羅場のような瞬間を目にするとは思いもしなかったはず。


だって、風呂場の隅で涙目になって体を縮こまらせている私と、それを庇うかのようにして私の前にいる斎藤さん。そして、私たち2人に迫ってくるかの勢いで近づいてきていた永倉さん。


風呂場に飛び込んできた原田さんの目に、どう映ったかなんて・・・言わなくても理解していただきたい。



-end-

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