薄桜鬼小説
□【混浴騒動】
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「・・・・・・・。」
私は、与えられた自室で一人頭を悩ませていた。
今の刻限、ほとんどの隊士は寝静まっているはず。
今日の夜の巡察は永倉さんだと昼間、平助君が言っていた。
と、いうことは…もしかしたら今がチャンスなのかもしれない。
手に持った着物を見つめ、私は恐る恐る部屋を出た。
夜着のまま屯所内を歩き回るのは抵抗があるけれど、ここは八木邸側、一般の平隊士の方に会う可能性は低い。
そして永倉さんが出たのはさきほど。まだ帰ってくる時間ではない。
慎重に、慎重に歩き、ようやく風呂場までやってくる。
「・・・・・・大丈夫、大丈夫。」
自分にそう言い聞かせる。
毎日、この時間だけは緊張して落ち着かない。
この屯所でお世話になりはじめてから随分と歳月が過ぎた。
女性の影がない屯所内で生活するのは想像以上に大変で面倒だった。
お風呂に関しても、恥ずかしい思いをしながらなんとか土方さんに相談してこの時間帯ならば、と許可を頂いた。
一応、幹部たちが生活する八木邸だからこそ、私の事情を察して深夜に風呂場を使う人は少ない。
けれど、どうしたって夜の巡察の後で血塗れた体を洗い流さなければいけないときはあるわけで、今まで何度も鉢合わせそうになった。
さすがに入浴中や着替えの途中で鉢合わせたわけではないし、なんとか危機を脱してきた。
今日も、このまま何事もなくさっと湯を使い部屋へ戻ればいい。
よし、と到底場違いな気合を入れて、風呂場の扉を開けた。
「・・・・・・・。」
誰も、いない・・・よね。
脱衣所で急ぎ着物を脱いで、さらしを解く。
念のためと体に大き目の布を巻いて、そっと風呂場へ歩を進めた。
「はぁ〜・・・・・」
思わず大きく息を吐きだしてしまう。
ここ最近の冷え込みはすごくて、こうして暖かい湯船に浸かると体の芯から温まっていく。
足の指先から肩までじんわりと広がる心地よさ。
たとえ深夜になってしまっても、必ず湯は使わせてもらっていた。
入るときは緊張してそっとそっと入るのだけれど、どうしても湯に浸かるとなかなか出れなくなってしまう。
もう少し、もう少しだけ・・・
そんな風にこの心地よさに浸っていたのが間違いだった。
ぼんやりと夢見心地のままでいると、遠くで扉の開く音がした気がする。
ただ、どうにも頭が働いてくれない。湯気に視界が空ろなせいもあるけれど、なんとなく身じろぎもせずそのままでいると
扉を開けた人もこちらに気づかない様子でそのまま体を湯で流している。
かすかに血の匂いがして、あぁ夜の巡察で浪士と斬りあいになったのだろうか、なんて、そこまで考えて、サッと頭の中が冷える。
「っ!?」
思わず顔を上げれば、入ってきた人物がビクリと肩を揺らした。
どうして、自分はこんなにもぼんやりしていたんだろう。
勢いよく頭の中で後悔の念が押し寄せるが時すでに遅し、
「誰だ!」
「あ、あの・・!」
今にも斬り殺さんばかりの殺気を当てられて反射的に叫ぶように声を出した。
勢いで立ち上がりそうになって、しかし自分の今の格好を思い出してすぐさま布を抱きかかえる。
なんとも情けない格好ではあるけれど、何もないよりはマシだと思う。
「・・雪村、か?」
「えっと、あの、その・・・」
そこにいたのは、斉藤さん、だった。
でも、今の私には誰が入ってきたのかなんてさほど重要ではなくて、どうにかしてこの状況を収めてしまいたくて、
でも、腰に布を巻いただけの斉藤さんに視線を向けられるはずもなく、あたふたと慌てながらも布を抱いたまま湯に身を沈めた。
「何故、ここにいる?」
「え?えっと、土方さんから・・この時刻ならば湯を使っていいと言われて・・・その・・」
何故と聞かれても、お風呂に入りたかったから、なんて率直に答えられるはずもなくごにょごにょと語尾を誤魔化す。
それよりも、私の頭の中は混乱でいっぱいで、変なことを口走る前に早くこの場から逃げ出したくて、
「さ、斉藤さん。私、出ますので、その・・・少しの間、壁の方をを見ていていただけませんか?」
指差すほうは風呂場の奥。
そうすればサッと湯船から出て脱衣所まで駆け込むことが出来る。
「・・あ、ああ。わかった。」
彼は私が焦っている様子を見てすぐさま従ってくれた。
少しばかり平然としている態度に切なくもなったけれど、そんなことを気にしていられない!
サッと湯船から出ようと立ち上がったところで、脱衣所から誰かの鼻歌が聞こえてくるのに気づいた。
えっと、これは、もしかして・・・