薄桜鬼小説
□【モーニングコール数日後】
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雪村の仕事はある意味で成功、していた。
少なくとも平助と新八の二人は花町に繰り出す回数が格段に減って、昼の巡察に遅刻したという話も聞かない。
まぁ、普通に起こした、というよりは多々のハプニングも生じたわけだが、それにより土方さんの悩みはひとつ減ったわけなので、成功と称しても間違いではないだろう。しかし、約一名、左之だけは、酒の量を控えるどころか増す勢いで、浴びるように飲んで、当然のことながら朝餉には顔を出さず、任を解かれたはずの雪村は毎朝アイツを起こしに行っている。
「あっれー?左之さん、また寝坊?」
「・・あぁ、そのようだ。」
平助が広間に顔を出してきょろきょろと辺りを見回してから、拗ねたように口を尖らせた。
「うっわー、絶対わざとだよ!千鶴に起こしてもらうためにさ!!」
「・・・・・・。」
そうは言いつつも、だったら自分も!と平助が言い出さないのは、以前に起こしに来て貰いそのときに二人の間に何かがあったから、のようだ。別段、詮索するつもりはないが、妙に浮き足立つ雰囲気に落ち着かない。
「・・・千鶴、大丈夫かな・・」
「平助、」
不安そうに呟く視線は、彼女がいつも座る定位置に注がれている。
広間では各自好きな場所に座るが、彼女はいつだって飯盒の傍に座り、おかわりと誰かが言えば進んで飯をよそう。
「一君。・・一君はさ、あれだよな、千鶴のことなんとも思ってないよな・・」
「どういう意味だ。」
「・・いや、ごめん!今の忘れて!!さーて、飯くおーっと!!」
そそくさと身を翻して俺より少し離れた場所に腰を下ろして朝食に手をつける姿を見やって、自分の手元に視線を落とす。どうにも、食欲がないのは何故だろうか。
ただ、淡々と京の治安を守るという建前を掲げて人を斬り殺していた毎日に降ってきた、少女との生活。
自分らの中に彼女が溶け込めるか、など関係がないと思っていた。
こうした日常の中の些細な出来事に関心を向けている自分がどこか信じられず、気を抜けば否定しかねない。
「・・・・・・・。」
もう一度、飯に手をつけようとして、しかし胸の内の気持ちの悪い苛立ちに食欲など失せ果てる。
雪村、千鶴のことを、どう思っているか・・か、
愚問だ。そんなこと、自分の胸に改めて問わずとも理解している。
完全なる、一方通行な想い、この胸中に必要のない、しかし、決して消えてはくれぬ厄介な感情、それだけだ。
「・・・・・・・・。」
私は、なるべく自分の中で渦を巻いているような落ち着かない感情を必死に押さえ込もうと何度も深呼吸を繰り返しながら廊下を歩いていた。
土方さんから任を解かれた私は、けれど毎朝ある人を起すためにこの縁側に面した廊下を歩いている。
ぼんやりと、これから起しに行く人物の顔を思い浮かべる。
きっと、三人の中では一番目覚めがいいだろうあの人は、それでもわざとと思えるくらい毎朝朝餉に寝過ごして、起しに来るまで起きたくない、なんて、子供のようなことを言う。
でも、毎朝、声をかければ彼はすぐに目を覚ます。
そうして朝一番、柔らかく微笑んでくれて、それが微笑ましくてなんだか嬉しくて、自ら足を運んでしまう。
あまりにも優しくて、心が満たされていくような気がして、
だからこそ、私は忘れていた。
安心しきって、不安なことに見てみぬふりをして、あの人との約束を、なかったことにしようとしていた。
「っ・・!?」
でも、だからといって、急に襟首をつかまれて部屋に引きずり込まれるなんて、どうして予測できたと言えるんだろう。
「・・・っは・・・っ!!!」
そのまま勢いよく引っ張られて背中を床に叩きつける形で倒れこんだ。
首と喉に急にかかった圧迫と、背中への衝撃で胸が痛んで悲鳴を上げていた。
何度か咳き込んで、生理的に目元に涙が浮かんでしまう。
なにが、とか、誰が、とか、そんなことを考えるのは、しばらく自分の呼吸を整えることに必死で後回しにしてしまっていた。
だから、とは言わないが、彼が私の様子を伺い、嬉しそうに口元を歪ませていたことに気づきもしなかった。