薄桜鬼小説
□【モーニングコール後日談】
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「ちづるー!!おかわりっ!!」
元気な声が広間に響き渡る。
しかし、目的の人物からの返答はいくら待っても返ってはこなかった。
「・・あれ?千鶴?」
「ん?そういや、千鶴ちゃんまだ来てねぇみてぇだな。」
平助の隣で山盛りの茶碗から白米を口に放り込んでいる新八がチラリと広間の入り口を見遣って言う。来てない、と言われたにも関わらず平助はなんとなくぼんやりと辺りを見回した。
横から新八の箸が伸びておかずを一品取られたことにすら気づいていないようだ。
「そういや、あいつが朝飯に来ないなんて、珍しいな。」
左之も、どこか落ち着かない様子で箸を置いた。
奴にいたっては食事はほとんど終えているようで、その意味も含めての行動だったと思う。
しかし、平助はどうしても気になるのか空の茶碗を手に持ったままそわそわと落ち着きがない。
「俺、ちょっと千鶴の様子見てくるよ!!」
ガバっと勢いよく立ち上がって今にも広間から飛び出そうとする平助に左之が待ったをかける。
「平助、待てって。少し寝過ごしてるだけだろ。たまには寝坊させてやろうぜ。」
「でもさぁ、今日の昼の巡察一緒に行くって約束してるし、今飯食わねぇと飯抜きで行かなくちゃいけなくなるじゃん!」
「あ?・・あぁ、まぁ、そりゃそうだがよ。」
平助の腕を掴んで引き止めたはいいが、左之自身、心配になってきたらしい。
このままじゃ、二人揃って様子を見に行くと言い出しかねない。
俺は、誰にも聞こえないだろう程度のため息を漏らしてから、二人に向かって事情を説明することにした。
「平助、左之、座れ。」
「一君?」
「雪村は昨日、土方さんに頼まれた雑用を深夜に渡りこなしていたようだ。多少の寝坊は多めに見てやれ。」
「雑用?あー・・そういや、昨日の昼過ぎになんか山のような荷物抱えて歩いてんの見たなー・・。」
左之は思い当たることがあるのか、うんうん頷いて見せた。
「あー・・そっか、うん、起こしちゃかわいそうだよな。まぁ、巡察中にどっか寄ればいいもんな!」
「平助、お前、それ土方さんの前で言うなよ?」
「え?なんで?」
「巡察の最中に甘味屋だのに入ったなんて知られたら、雷落とされるぜ。」
「うっわ、マジで?黙っとこー・・」
「平助、事情が理解できたならば座れ。そろそろ席に戻らねばお前の飯はなくなるぞ。」
「へ・・?なんで・・、っあーーー!!ちょ、新八っつぁん!!俺の飯、なんで勝手に喰ってんだよ!!!」
ようやく、事態に気づいて慌てて自分の席に戻って行く平助を見遣って、再度ため息を吐き出す。
「土方さんから頼まれた雑用ってのはなんなのか、斉藤、お前は知ってんのか?」
「・・ここ最近、浪士との斬り合いで隊士の隊服の予備が尽きかけているらしい。針仕事や、屯所内に常備してある薬の確認など、らしい。」
俺の言葉に合点がいったのか左之は穏やかな表情を浮かべた。
「・・そういや、俺の羽織もあいつに縫ってもらったしな・・、」
「・・・・・・。」
「で、」
「なんだ。」
平助が文句を言いながら新八から飯を取り返そうと騒いでいるのを流して、左之は自分の席から湯飲みだけを持ち出し俺の横に腰を下ろした。
「千鶴のこと起こすな、つーのはお前の意思か?」
妙に意味ありげに笑みを浮かべている左之の思惑が図れず、眉間に皺がよる。
「何が言いたい。」
「お前にしちゃ、甘やかしてんだなぁ、ってな。」
「・・・・・・・。」
「っ、おい、斉藤?」
浮ついた視線に居心地の悪さを感じて、思わず、という具合に立ち上がってしまう。
確かに、普段の俺ならば平助たちを放っておくか、もしくは無感情にさっさと起こしてしまっていただろう。
しかし、今日に限って、なんとなく・・もう少しだけ寝かせておいてやろう、などと考えてしまった。
自分でも気づかなかったことを第三者に指摘されてカッと顔に熱が集まる。
「そこまで言うのなら、起こせばよいのだろう。」
「え、は?そういう意味で言ったんじゃねぇよ。」
慌てて俺と同様に立ち上がった左之を見て平助も口に米を放り込んだまま、立ち上がる。
「なになに!?二人とも千鶴のこと起こしに行くの?」
「え、あ、あぁ・・」
左之が曖昧に平助に返事を返し、仕方ない、とばかりに大げさに息を吐き出した。
「はぁ・・、結局起こしてやるんじゃねぇか。」
「新八っつぁんはどーする?千鶴起こしに行く?」
「・・んぐ、・・っはー!喰った喰った、おぅ、いくいく!」
平助から奪った分も含めてすべて腹に収めた新八は湯飲みに残った茶を飲み干して勢いよく立ち上がった。
「んじゃ、新選組の紅一点を起しに行くとするか。」