薄桜鬼小説
□【囮捜査官!雪村千鶴】
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ここ数日、京では物騒な事件が続いていた。
連夜に続き、遊女が何者かに斬り殺されている。
手口は辻斬り、として片付けられてしまうほど残酷ではあるが戦乱の京には珍しくもなかった。
しかし、狙われるのは決まって、遊女、なのだ。
不貞浪士が暴れたわけでもなく、かといってそれを新選組が粛清したわけでもなく、一般人が巻き沿いをくったわけでもなく、決まって深夜に遊女が襲われる。どちらを匿っていた、というわけでもない、大よそどちらの勢力にも関わりのない女が斬り殺されている。
会津藩より新選組に達しがきたのは、当然のことと言えた。
「・・・山崎さん、大丈夫ですか?」
「問題ない。出血は多いが傷自体はそれほど深くはない。」
私の問いかけに淡々と答える山崎さんは平気だ、と短く答えるけれど、それでも腕から流れる出血は酷く、鮮やかな着物を真っ赤に染め上げている。
「で、山崎、面は拝んだのか?」
「・・いえ、申し訳ありません。不覚にも背後から襲われてしまい確認には至っておりません。」
「・・・そうか。」
土方さんは眉間の皺を濃くして、不機嫌そうにため息を漏らした。
「それにしても、背後から襲われて犯人の顔を見ることが出来なかった、なんて、せっかくの囮捜査も意味なかったね。」
「総司、お前なぁ・・」
棘がいくつも飛び出した言葉を吐き出した沖田さんを、原田さんが諌める様にして睨み付ける。
彼は肩をすくめるだけで、それ以上言葉を続けることはなかった。
会津藩より新選組に犯人の討伐の命が下ったのは数日前。
目撃情報などが少なく、襲われた遊女も同じ見世の人ではなかったため、山崎さんが潜入捜査を行うこととなった。
普段、あまり表情の変化をみることができない山崎さんだったけれど、そのときばかりは綺麗な着物をまとって、つけ髪を結い上げて、紅をひいて、そうして柔らかく微笑んで、
あの時は、思わず頬を染めてしまった。
だって、以前原田さんたちに連れられていったお見世の女の人よりもずっと綺麗だったんだもの。
そして、彼が囮として夜の街に出てから数日、事件はぴたりと止んだように思われた。女性たちも物騒だと、日が沈んだ後の外出を避けていたから当然と言えば当然だった。
だから、囮から別の方法に切り替えようか、と土方さんが案を練り直していた矢先、彼は襲われたのだ。
「副長。」
「・・・そうだなぁ、山崎君の怪我の具合もあるだろうし、別の方法しかねぇな。」
斉藤さんが促すように土方さんを呼ぶ。
土方さんは私が怪我の具合を見ている山崎さんを一瞥して厳しそうに眉をひそめて告げた。
「囮捜査、ごくろう。山崎君はしばらくは怪我を治すことに専念してくれ。」
「・・わかり、ました。」
後味が悪そうに俯く彼は治療もそこそこに自室へと下がってしまった。
そうして広間に気まずいほどの沈黙が流れたとき、場に不釣合いな明るめの声が響き渡った。
「山崎君が動けないなら、代役を立てればいいんじゃないですか?」
「・・総司、」
面白い妙案が浮かんだとばかりに、彼は楽しげに腰を上げて立ち上がり私の前まで歩み寄ってきた。
山崎さんの出血を抑えるのに使用した布を片付けようとしていた私はふいに自分を覆うように立つ影に面を上げた。
「沖田さん?」
「ねぇ、土方さん。せっかく、本物の女の子が居るんだから、わざわざ山崎君に女装させることなかったのに。」
「・・なに言ってやがる。」
彼は私の目の前に立ち、私を見つめながら口を開いて言葉を紡いでいるのに、その矛先は私ではない。囚われたように目を背けることが出来ずにいる私に沖田さんの掌がゆっくりと差し伸べられて、微かに触れる程度、頬を撫でられる。
「新しい案を講じるよりも、囮の代役を立てた方が手っ取り早いじゃないですか。」
「現に、女たちが外を出歩かなくなっていたと言うのに、これ見よがしにひとりでいた山崎君を襲ったんでしょ。罠って見え見えなのに引っかかるってことは、そこまでの危険を冒してまで、遊女を襲う理由があるってこと。」
「だったら、やはり囮での捜査を続行すべきだと思いますけど。で、山崎君以外に代役を頼むとすれば本物の女の子である千鶴ちゃんが適任ですよね。」
「筋は、通ってると思いますけど?・・・・土方さん。」
口を挟む隙すら与えずに、一方通行で畳み込まれるように告げられて、土方さんは不機嫌そうに沖田さんを鋭い眼光で睨み付ける。私はと言えば、あの沖田さんが、積極的に、なによりも私を新選組としての仕事に就かせるために熱弁を振るうだなんて、信じられなくて息を詰めた。
斉藤さんですら、目を見開いて驚いたように沖田さんを見ていて、きっとこの場のみんなも少なからず驚いていると思う。ただ、土方さんだけは眉間の皺を濃くするだけで、腑に落ちない、とその表情が物語っている。
「総司、てめぇ、なに考えてやがる。」
「・・別に何も。今言ったとおり、僕は早く切り裂き魔が捕まってくれればなーって思っただけ。」
ニヤリと口元を歪めて告げる彼は、言葉とは裏腹に明らかにこの状況を楽しんでいるように見受けられた。
「沖田、さん・・?」