薄桜鬼小説

□囮捜査官!後日談
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あの夜、粛清を終え屯所に戻ろうとした矢先、千鶴は新八の腕に支えられたまま気を失った。
慌しく、血の気のない千鶴をおぶる新八を急かし、夜の街を走った。

屯所では医者を待機させていた平助に遅いと怒鳴られ、すぐさま医者に千鶴の身を預けた。
幸いにも傷はそれほど酷くもなかったが、出血量が多く、しばらくは目を覚まさないかもしれないと言われて、一瞬、血の気が引いた想いだった。


あの夜から三日、千鶴はまだ、目を覚まさない。





「・・・千鶴、起きてくれよー。」

「平助君、そんなに揺すって傷口が開いたらどうするのさ。」

「だぁってさー・・・目を覚ましてくんねぇと安心できねぇっていうか、なんか落ち着かねぇんだよ。」


雪村の枕元、平助と総司は左右に陣取り彼女の顔を覗き込む。
しかし、目を覚ます兆しはない。


「確かに、ここ数日の巡察中はぼけーっとした顔してやがったよな。」

「な、別にぼけーっとなんてしてないし!新八っつぁんだって毎朝千鶴が起きてないか山崎君に聞きに行ってるくせに!」

「なんで平助がんなこと知ってやがんだ!」


騒ぎ出す二人を呆れたように見遣って、総司はスッと雪村の傍より離れ俺の横に腰を下ろす。



「斉藤君、」

「・・なんだ。」

「僕さ、少し意外だったんだよね。」

「・・なんのことだ?」

「君が千鶴ちゃんのお見舞いに来るなんてさ。」


口元に含んだような笑みを浮かべて総司はこちらを挑発するような口調で言う。


「・・見舞い、ではない。雪村が囮となって動く間の監視と補佐は俺が任されていた。」

「だから、その囮としての仕事中に怪我を追った彼女の安否の確認も仕事の内って、そういうこと?」

「ああ。」

「・・・・ふぅん、」


酷くつまらなそうに眉をひそめる総司に構うことなく、奴が退いて空いた隙間に移動する。
そうして、少しづつ回復してあの夜よりは大分血色のよくなった彼女の顔を確認して、呼吸にも近い微かなため息を吐き出した。


「一君!千鶴はいつになったら目を覚ますんだよ!」

「山崎あたりから聞いてんだろ!?」


どうやら、口喧嘩は一段落したらしい。
矛先がこちらに向いている。



「・・・もう目を覚ましてもおかしくないと言われた。」


「え、ってことはさ・・今日にも目を覚ますってこと?」

「よっしゃ!!平助、千鶴ちゃんに何か見舞いの品とか買って来ようぜ!」

「あ、だったらさ、千鶴が食べたいって前に言ってた甘味屋の団子とかいーんじゃねぇ?」



俺の返答を受けて、平助は嬉しそうに瞳を輝かせた。
続いて新八が立ち上がって騒ぎ出し、平助を連れ立ってバタバタと部屋から去っていく。
その後姿を見遣って、それから開け放ったままの障子を静かに閉めた。


「これ以上、お見舞いの品増やしたら彼女の寝る場所なくなっちゃうんじゃない?」


総司は部屋の中を一瞥してから呆れたように言う。
彼女が倒れた次の日から、平助と新八は揃って毎日見舞いと称して、団子だの金平糖だのと甘味を買ってきては彼女の枕元に置く。
一度、「それじゃぁ死んだ人への手向けみたいじゃない?」と総司が茶化したが、気にした様子もなく「千鶴が起きたら一緒に食べるんだからいーんだよ!」と言い返していた。



「そう思うのなら、少し片付けていけ。」

「え、でも僕のお見舞いは腐るものじゃないし。」

「・・そういう問題じゃない。」


平助たちに限らず、近藤さんや井上さんからの見舞いの品も積まれている。
そして、散々茶化している総司に至っては元気になったら着てもらう、と女物の小袖や小道具を買い揃える始末。



「まぁ、でもさ・・起きたら驚くだろうけど彼女なら喜んで受け取ってくれるんじゃない?」

「・・そうだろうな。」


彼女が床に伏してから、屯所は静かになった。
もともと、男所帯で、ましてや新選組の屯所であるこの屋敷は昼の巡察に加えて夜でも人の起きている気配がある。

しかし、彼女が居ると居ないとでは大きく違った。
騒がしさは前とさほど変わりはしない。


しかし、どこか静かになった、と感じる。
屯所の前を掃除している彼女に声をかければ笑顔で答えてくれた。
食事時も進んで世話を焼き、繕い物など自分から引き受けに回っていた。

雑用などと軽んじず、彼女は精一杯自分の仕事を探して走り回って、結果、それが新選組の屯所の色を変えた。



「・・・千鶴ちゃんが起きてないと落ち着かないって言う平助君の言葉、分かる気がするんだよねぇ・・。」


小さく呟かれた総司の言葉に、思わず頷いてしまった。
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