薄桜鬼小説
□【逢引日和】
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「・・・・・・・。」
畳の上に広げられた着物は、鮮やかな紅色に桔梗の花が咲き乱れ、思わず感嘆の溜息が漏れてしまうほどに綺麗だった。だからこそ、手にとってしまうのすら躊躇する。
「あ、あの、でも・・」
私が着物と彼の顔を交互に見つめれば、彼は部屋に入ったときと変わらず、にっこにこと満面の笑みを浮かべている。
「千鶴はなんも、気にすんなよ!土方さんには一日だけってことで許可もらってるしさー、オレと左之さん、新八っつぁんの三人で買ったから割り勘だし!!」
割り勘とか、そういう問題じゃないんだけれど・・。
第一、ものすごく見事な着物だ、三人で割ったとしても結構な金額になるに違いない。
そんな上等なものを私が頂いていい訳がない。
「でも、平助君・・・」
「千鶴!オレたちはさ、女の子なのに男装しててかわいそうだし、せめて一日くらい羽を伸ばしてもいいんじゃないかなって思っただけなんだ。だから気楽な感じでもらってくれって!」
そんな、期待を寄せるような輝かしい表情いっぱいで見つめられたら・・・、受け取ってしまうしか道はない。
「えっと、ありがとう、平助君。私に似合うか分からないけれど・・すごく嬉しい・・」
せめて、胸の中に広がる感謝の気持ちを一生懸命伝えたかった。
私は着物を抱きかかえるようにして頭を下げた。
彼は、満足そうな笑みを浮かべながら頷いた。
「そそ、千鶴が受け取ってくんなきゃ買ってきた意味ねーし!ほら、オレ出てるからさ、着替えてみろって!!」
「う、うん。」
平助君は言いたいことをさっさと言い切って、部屋を出て行ってしまう。
そうして残された私は、畳の上に正座して手元に残る一枚の艶やかな着物に視線を落とす。
突然、平助君が前触れなく訪ねてきて贈り物だとくれた着物。
ここ最近、攘夷派の浪士たちの動きが活発になっていて、巡察にも連れて行ってもらえず屯所から出られない私を気遣って、のことだと思う。三人の気持ちがすごく嬉しくて、着物をぎゅっと胸に抱いた。
久しぶりに袴を脱ぎ捨てて、柔らかい振袖で身を包む。
窮屈なさらしを解いて、代わりに帯で腰を締め付ける。
そうして、少しずつ男の子から女の子に戻れることが嬉しくて、自然に頬が緩んでしまう。
髪を下ろし、再度結いなおす。
普段のように高いところではなく、少し低めの位置で緩く結って、何の飾りもないのは少し寂しいだろうと手持ちの簪を挿した。
「へ、平助君・・。」
そうして、少し時間をかけてようやく着替えを終えて部屋の前で待ってくれている平助君に声をかければ、彼は待ちくたびれたといわんばかりに勢いよく障子を引いた。
「やっとかー、女って着替えるの時間かかんだなー・・・・っ、」
「ご、ごめんね。久しぶりだったし、その・・、こんな綺麗なものを着るの滅多にないから、ちょっと手間取っちゃって・・、平助君?」
「っ・・あ、ご、めん。」
どういうわけか目を見開いたまま固まってしまっている平助君に声をかければ、彼は一瞬肩を揺らして、それから慌てて首を振った。
「え、と、あ・・す、すっげー可愛いよ!!マジでびっくりした!」
「少し大人っぽい柄だったから私に似合うか不安だったけど・・そういってもらえて嬉しい・・」
自分は女なんだと、久しぶりに感じることが出来て、本当に嬉しかったから、
平助君の言葉がよりいっそう心の中に響き渡る。
「・・・・・・。」
「・・平助君?」
じっと見つめられる。
何かを言いたいような、でも言い出せないって、そんな分かりやすい表情。
「・・やっぱり・・似合わない・・?」
「え!?ちが・・・違うって!!その、そーゆんじゃないんだ!大丈夫!千鶴はすっげー可愛い!」
これでもかと言うほどに首を左右に振って、慌てる様がなんだかおかしくて、思わずクスクスと忍びきれずに笑ってしまう。
「・・ち、千鶴。」
「・・?はい。」
「本当はさ、左之さんとか新八っつぁんが巡察から帰ってから4人でって話だったんだけど・・」
「うん。」
言いよどんで、視線が上から下に、左から右に、ふらふらと彷徨う。
でもって、ぎゅっと息を詰めたかと思えばまっすぐな瞳と視線がぶつかる。
「・・平助君?」
「左之さんたちが帰ってくる前にさ、先に、2人で外いかない?」
「・・・・え?」