歌のプリンス
□お兄ちゃんのお気に入り
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「聖川さん」
春歌が珍しく人の目を見ずに話す。
「どうした?」
おかしいなと思いつつも返事をする。
「あのですね....この新製品の飴、食べて見ませんか?」
ガサッと桃色の袋で包まれた丸い飴を取り出す。
「飴.....?珍しいな、七海が飴を食べるなんて」
驚いた様に目を見開くマサト。
春歌は普段お菓子と言う物をあまり食べない。小さい頃田舎に住んでいたせいかお菓子にはほとんど興味が無いらしい。
「えぇ、まぁ、その、試しにどうぞ。美味しいって好評なんですよ」
少し強引に飴をマサトに押し付ける。
「おぉ、お前がそれ程勧めるなら」
何の疑問も抱かずにマサトは袋を開け中身を口に入れる。
甘いイチゴの味が口の中に広がる。久しぶりに食べるせいかやけに美味しく感じた。
「ごっごめんなさい!聖川さん!」
突然頭を下げる春歌。
「どっどうした、飴一つ位、それに美味しいぞ」
何事かと一緒に慌てるマサト。
「……。」
春歌がゆっくりと顔を上げる。その瞳には罪悪感と大きく書かれていた。
「その飴は学園長に神宮寺さんか、聖川さんのどちらかに食べさせろと言われて……」
今にも泣きそうだ。
「そうか、学園長に…しかし、何故だ?」
「私にも詳しい事は……、面白い事が起こるからっと…」
春歌は申し訳なさそうに顔を歪める。
「聖川」
レンの声だ。
マサトはバッと後ろに振り返る。
後ろのドアからレンが優雅な足取りで入って来る。
「神宮寺……」
顔の筋肉を緩める。
レンを見ると何故か無意識に体の力が抜けてしまうのだ。
「お昼一緒に食べようと思って来たんだけど、お邪魔だったかな?」
意地悪く笑いながら、さり気なくマサトの頭を撫でる。
「いや、別に」
「いいえ、そんな事!」
春歌も慌てて答える。
「甘い匂いがするね、誰か飴でも食べているのかい?」
レンがスンスンと鼻を動かす。
「あぁ、七海から飴を貰った」
マサトが顔を上げレンと目を合わせる。
「そう」
レンは少しつまらなそうな顔をするものの直ぐに笑顔に戻る。
その時、マサトの体に異変が起きた。
「うくっ」
ぎゅうと胸を押さえるマサト。
「マサト!」
レンが慌ててしゃがみマサトの腕を掴む。
「どうしたんだい!」
「わっわからない、くっ胸が突然、苦しくなって」
はぁはぁと大きく深呼吸をするマサト。
それを心配そうに見つめるレン、そして、今にも責任で卒倒しそうな春歌。傍から見たら面白いコントをやっている様だ。
「ふっうっ、レンっ…」
マサトが苦しそうにもう片方の手をレンの手に重ねる。
「大丈夫かい?先生を呼んだ方が…」
レンがその手を握り返す。
目は不安で濡れていた。
「たっぶん、はぁ、へーきだと…」
その瞬間、マサトの上半身が大きく前へ傾く。
レンはすかさずマサトを支える。
「ひっ聖川さんーー!!」
悲鳴に近い声を上げる春歌。
「どうっどうすれば…わっ私、先生呼んで来ます!!」
パタパタと飛び出す。
「マサトっ!!マサトっ!!」
レンは少し乱暴にマサトの体を揺らす。
しかし、なんの反応も無い。
「マサトっ!!」
もう一度強く、マサト呼ぶ。
「………っ、んっ」
マサトが小さな唸り声を上げる。
「…マっマサト!!大丈夫かい?突然倒れるから何事かと思ったよ」
安心した声を上げるレン。
「んっ…うーん?」
マサトが上半身を起こす。
「マサト?」
顔を覗き込むと幾分か幼さが滲み出ていた。
「お、お兄ちゃん?」
「え?」