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□下戸
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調査兵団新兵歓迎会がある。
エレンは古城を出るわけにはいかなかったので参加はできなかったが、そのかわりに古城に滞在している調査兵団のメンバーで宴会が開かれた。

「エレン、こっちこっち!」

宴会も終盤、女性兵が集まっているテーブルにいるペトラにエレンは呼ばれた。

「私の後輩!可愛いでしょ?」

酒が回り若干、というか大分陽気になったペトラはテーブルの女性兵に紹介する。
巨人化によりいまやエレンの存在を知らない調査兵団員は少なくともこの古城にはいない筈だが、周りも相当陽気になっていてそんなことはどうでもいいらしい。巨人化以来どことなく距離を置かれてきたが、それも酒の前では皆無のようだ。

「本当だ可愛い〜」
「ペトラお姉さんに気をつけなよ、食べられちゃうよ」
「ちょっと!なんてこと言うのよ!」

けらけらと明るく笑う、名前も知らない女性達。
エレンはペトラを含む女性先輩のテーブルで酌をし、一通り話してから元の席に戻ろうとすると横にリヴァイが見えて一瞬怯んでしまった。まだ審議所で蹴られた痛みは骨身が覚えている。しかし今このタイミングで方向転換するのもおかしいため、意を決してエレンは座る。

(…何話せばいいんだ)

座ったはいいものの、特に話すことはない。リヴァイのほうも特に座ろうと思って座ったわけではないだろう。呼んだり呼ばれたりして、宴会では席なんて決まってないようなものだ。
ちろりと横目でリヴァイのほうを見る。空になったグラスを右手で弄びながら、頬杖をついている。

「あの、飲みますか?」

女性陣に酌をしていた酒をそのまま持ってきてしまい、まだ残っていたので声を掛けると、リヴァイの、通常でも迫力がある目線だけがエレンのほうを向いて、そして意外にもグラスを傾けてきた。
注いだ酒を煽るリヴァイを見ながら、エレンは沿道から眺めるだけだった憧れの存在が今目の前にいることを急に認識した。

「エレン…これは酒か?」
「あ、はい。さっきペトラさんたちのテーブルでお酌してたのそのまま持ってきちゃいまして…」
「ラベル……果実酒か……」

女性が好む甘そうな果実酒と、リヴァイが好むような酒はもしかしたら違ったのかもしれない。リヴァイは舌打ちを一つすると机に突っ伏した。
よく見ると耳や首筋等見える範囲の皮膚が赤く染まっている。

「兵長…もしかして酒駄目でしたか」
「……駄目で悪いか」
「いや…っ!その、知らなくて」
「はーいそろそろお開きにしまーす」

エルヴィンは正規の新兵歓迎会のほうに行っているため、この宴会での責任者であるハンジが全体に呼びかける。
相変わらず机に突っ伏したまま動かないリヴァイと原因を作ってしまいうろたえるエレンを尻目に、ほどよく酔っ払った団員達はそれぞれ宿舎に戻っていく。

「ハンジさん…!」

助けを求めるようにエレンがハンジを呼ぶ。大体の状態を一目で見て悟ったらしい。

「部屋まで送ってやって」

潰した人の責任、と笑いながら言った。



「兵長」

一応呼びかけてみるがやはり起きない。

「運びますよー…」

失礼します、と机に突っ伏している身体をずらし、下から体を差しこんでどうにか背負う形にして立ち上がる
おっも…!
寝て意識がない人間は重いというが、それを抜きにしても自重よりありそうだとエレンは唸った。
リヴァイの部屋の扉を、あらかじめ上着のポケットから拝借しておいた鍵で開ける。
部屋は階級があるからだろう、1人部屋だった。さほど広くはないが、潔癖な性格が反映されている個人部屋は、訓練兵時代の大部屋から現在の地下室生活に移ったエレンにとって新鮮に思えた。
とりあえず、部屋にあるベッドに寝かせる。

「着替えないでいいんですか?」

仰向けに転がったリヴァイは相変わらず無反応だ。
訓練後にシャワーは浴びているだろうが服装は寝巻きではない。部屋に送り届けた時点でエレンのやるべきことは終わっていたが、第一ボタンまできっちり閉められたシャツと襟元のクラバットがどうにも寝苦しそうに見えるのでこれだけでも外しておこうかと手を伸ばした。
時間がたち皮膚の赤みは引いてきたもののまだほんのり赤く染まる頬と、普段見ることのない無防備な寝顔に一瞬手がとまる。
いや何躊躇ってんだ相手は上司、しかも男。
宴会の雰囲気に酔ったかなと思いつつクラバットを外そうとする。

「え」

襟元に触れる寸前のエレンの手首を、先ほどまで寝ていたリヴァイが起きて掴んだ。

「あ…あの…」

その不自然な体制ままリヴァイは薄く開いた目でしばらくエレンを凝視し、やがて手を離した。そのままクラバットを外し、シャツのボタンを乱暴にいくつか外すと、エレンに背を向け横になり規則正しい寝息を立て始めた。
その直後、大量の冷や汗をかいていることと心臓が全力疾走した後のようにバクバクしていることに気付いたエレンは素早く、しかし音を立てないように部屋を出て地下室へ向かった。
過失とはいえ酔い潰してしまったのは悪かったが、それ以外は何も悪いことはしていないはずなのに。
腑に堕ちないエレンは地下室に戻って自分を落ち着かせようとするも、頭と内臓でぐるぐると廻る重い感覚が消えない。罪悪感、に似ているが違う。
ベッドに潜り込んで無理やり目を瞑っても中々寝付けなかった。


翌日、ほとんど眠れなかったエレンは取りあえずリヴァイに対して先日の過失を謝罪した。リヴァイも自分の不注意もあったと言っただけで別段怒っている様子はなくそれだけで終わったのだが、あの感覚はまだ消えない。
やはり罪悪感ではなかった。じゃあなんだろうと考えて、そしてある一つの答えに辿り着く。
これは背徳感ではないだろうかと。

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