dream/short ブック
□Hair Cut
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物心ついたときにはもう両親はおらず、理髪店を営んでいる祖父に育てられた。祖母は、私が生まれるずっと前に亡くなったそうだ。
小さな店で、来店するお客さんのほとんどが年配の男性だった。
幼い私はほぼ毎日、来店するお客さんに可愛がられながら、祖父の手つきを見て育ち、自然と手伝うようになっていった。
本格的に見習いとして働き始めた15のときに、この店には珍しく若い男が来店した。
年齢は20になるかならないかぐらいだったが、纏う雰囲気がどこか殺伐としていて、少し怖いと感じたことを覚えている。
しかし祖父はいつもどおり、頼まれた洗髪と散髪にとりかかった。
あまりしゃべる性質ではないらしい。散髪の間、回紙や雑誌を読んでいて、祖父もまた無暗に話しかけはしなかった。
その後、概ね1か月に1度、その男は来店した。名はリヴァイというそうだ。
相変わらずあまり積極的に喋る様子はなかったが、初めのころに感じた殺伐とした雰囲気は薄れているような気がした。
彼が初めて訪れてから5年が経ち、私もようやく一人前として働くことができるようになってきた頃。
「…今日、ジジイは」
「腰を痛めてしまって。しばらくお休みです。…どうされますか?」
「いつもどおり、洗髪と散髪を頼む」
「かしこまりました」
この頃彼は人類最強という呼び名とともに度々回紙などで見かけるようになっていたが、来店する頻度は変わらなかった。
洗髪が終わって席へ案内する前に、彼は自分の荷物から1冊の本を取り出してきた。どうやら今日は本を読むらしい。
座った彼にケープをかけ、髪を梳かし、鋏を入れていく。
初めて私に散髪されるからか、しばらく鏡越しにじっと手つきを見つめてきた。少しやり辛い。やがて、及第点はいただけたようで、膝に置いていた本を読みはじめた。
ちらりと中を見てみると、軍事関係の本のようだが、なんだか難しそうな内容が書いてあってさっぱり理解できない。
「面白いんですか、その本」
「面白いか面白くないかで言えば面白くはないが、有用な知識だ」
それ以外特に会話らしい会話もなく、今店内にいる客は彼だけだったので、鋏の音と時折本のページを捲る音しかせず、とても静かだった。
やがて彼は栞の紐を挟んで本を閉じた。もう少しで施術が終わるからだろう。
「この店はお前継ぐのか」
再び鏡越しに手つきを見られながら唐突に尋ねられ手を止めてしまった。
「祖父本人はまだまだ現役で続けるようですが、年も年ですし、10年もしたらそうなるかもしれませんね。
継ぐ、と言っても私でお店を回していけるかはわかりません。
来てくださるお客様はほとんど祖父と同年代ぐらいで…リヴァイ様が来店するお得意様の中で最年少なんです」
「そうなったらお前はどうするんだ」
そうなったら、とはお店が潰れてしまったらということだろう。
「他の店に雇ってもらえたら御の字、今更兵は…私運動音痴ですし無理だから、開拓地に行くことになるでしょうね」
「それは勿体ねぇな」
初めて目が合った。鏡越しだったが。
施術が終わって支払いを終え、彼は「また来る」と言って退店した。
「今日はどうされますか?」
「ばっさり切ってショートにしたいんだけど」
「どういった雰囲気のショートにしますか?」
「うーん、じゃあ妖しい大人のお姉さん、って感じで」
「それなら襟足は長目で……」
「私?今は憲兵団に所属してるよ」なんて女性が来店して驚いた。
女性は、同じ憲兵の人に紹介されたそうだ。
この人だけでなく、あの日以降、来店する新規のお客さんに兵団の人が増えた。会話をする中で一番よく聞くのは調査兵団の人だ。
うちに来ていた兵士の人はリヴァイさんだけだったので、もしかしたら広めてくれたのかもしれない。
しかし彼は何も言うことなく、今まで通り月に1度程訪れるだけだった。