dream/series ブック
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仕事上そこそこ付き合いの長い、立場上は一応部下である人物が抱えてきた資料の上表紙には簡素に、[報告書][報告者名:イレーネ・シュミット]とだけ書かれていた。
その表紙を捲って一枚目の内容を見て、憲兵団師団長、ナイル・ドークは自分の身体から血の気が一気に引いていくのを感じた。
「…できるわけないだろう」
報告書の一枚目には「憲兵団服務規律違反者リストとその内容」と書かれており、違反者の名前が順に目次としてずらりと並べられていた。
ナイルが見覚えのある名前もちらほら混じっている。
「この組織が腐っていることは俺も承知している。しかしこんなもん出したらお前のほうもただじゃ済まないぞ」
「そうね、異動という名の、閑職への左遷になるでしょうね」
全て悟っているような声で、しかしイレーネはナイルから目を逸らさない。
「だったら!」
「わかってて出してるのよ、ナイル」
「…今ここで握り潰されるかもしれないということもか?」
「ええ、勿論。だから同じものをもう何部か用意してあるの。そこに書かれている人達がしかるべき処分を受けなかったら、商会の回紙に載るでしょうね」
商会の回紙が民衆への影響が高いということはナイルも勿論把握している。
治安を守る立場である憲兵団の怠惰を詳細に晒されることは大きな痛手である。
つまり、暗に脅しているのだ。
「いいだろう。それなりの処分は科す。しかし、お前の異動も免れんぞ」
「いいのよ。そっちが本命だもの。違反者の報告はいい機会だと思ってやっただけ。
…異動先は調査兵団にしたいの」
ナイルの顔色が更に悪くなり、手から資料がすべり落ち机の上に落ちた
「それこそできるわけないだろう。無理だ。お前は、」
「だーいじょうぶ、調査兵団団長にも、総統にも許可は貰ってきたから。
私が貴方に頼むのは、異動先希望を通してくれということではなくて、この異動届けにサインして欲しいということだけよ。
ま、こっちで脅してもいいんだけど」
新たに差し出された紙には異動届願いと書かれており、確かに憲兵団師団長にあたるナイルのサイン欄以外はすでに埋まっていた。
「どうする?」
先ほど机の上に落としてしまった報告書を目の前にぶら下げられて、ナイルはとうとう異動届願いにサインをした。
「じゃあ、今までお世話になりました」
義理のようなおざなりの挨拶をして、報告書をばさりと机に放り部屋から出ようとしたイレーネだったが、ふと思い出したかのようにくるりとナイルのほうへ向き直った。
「そうそうナイル、この辺でいい理容院知らない?前通ってたとこ潰れちゃって」
こんな長い髪これからは邪魔でしょとイレーネは髪を摘んだ。
「……3番通りにある食堂の斜め向かい」
「ありがと」
踵を返しひらひらと後ろ手で手を振る、これから切るのであろうイレーネの腰近くまである髪が揺れる背中を見送って、ナイルは重く溜まった息を吐き出した。
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