dream/series ブック
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「イレーネさん」
噛んだ手をおのおの消毒している。
血がにじむ歯型に大きな絆創膏を貼り終えたペトラが意を決したようにイレーネと目を合わせた。ペトラだけでなく、エルド、オルオ、グンタも同じようにイレーネのほうを見ている。
「私は…私達は貴女の実力を信頼します
」
「………ありがとう」
まだ疑念が尽きないだろう。それでも実力は信頼されたことに対して、イレーネは満足していた。
食堂に集まり最後まで残っていたリヴァイ班がそれぞれの食器を下げるため食堂を出て行くとき、最後にでようとしたイレーネの腕をリヴァイが掴み、イレーネの前にいたグンタに声がかかった。
「グンタ、俺とイレーネのカップも持っていってくれ。こいつと話がある」
「…わかりました」
バタン、と重く古い扉が閉まった後も、リヴァイはイレーネの腕を掴んで座ったままだ。
「なあに、話って」
「エレンが巨人化したとき抜剣しなかったのは何故だ」
あの時、わずかに放心していた人間以外は抜剣をし、臨戦態勢をとっていた。
緊張感が漂う中、リヴァイが見たイレーネは抜剣どころか立ち上がりすらしていなかった。
かといって放心して様子はなく、茶を啜りながらまっすぐに観察するようにエレンのほうを見ていた。
「報告書によると、エレンの巨人体は15メートル級で、エレン本人はうなじに埋まっていると書かれていたでしょう。あの時のエレンはどう見ても完全体ではなかったから」
嘘をついているようには見えないが、そうだと断言することもできない。
「お前が優秀だと知っているからこそ敢えて聞く…調査兵団に異動してきた目的は何だ」
「それはちょっと答えられないな…エルヴィンは承認していることだし、それじゃ駄目?」
「人間には誰しも盲点がある」
そう言って掴んでいた腕を引っ張り、イレーネの体制を崩しつつ立ち上がったリヴァイは、胸倉を掴み、逃げられないよう冷たい壁に押し付けた。
「てめぇがその盲点付け狙ってるとしたら大事になるまえに潰すのも俺の仕事だ」
「成程、働き者ね。それを言われたら私も潔白を証明できなくなるわ」
ほぼ同じ身長である二人の視線が平行に重なった。
探りだそうとする鋭いリヴァイの瞳と、涼しげに何も語らないイレーネの瞳。
「…質問を変える」
何も話さないと踏んだリヴァイは、視線を合わせたまま掴んでいた胸倉から手を離した。
「母親はどうした?」
イレーネの瞳は揺らがなかったが、代わりに停止した。
短く息を吐き、吸って、
「亡くなった」
消え入りそうに掠れたその一言だけを残し、リヴァイから視線を外して、イレーネは食堂から出ていった。
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