PEDAL


□涙がほしい
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 第一印象は、そうだな、ふわっとした感じ。

 ロングスカートを履いて、ゆったりとしたカーディガンを羽織って。髪の毛は細くて、こう言っちゃ悪いかもしれないけど、ぼさっとしてるって表現に近い。
 皆の話を聴いているようで全く聴いてなさそうだ、と彼女のゆるゆると動く視線を見ながら思う。

 それでは我が明早大自転車競技部にこの春より入部したヤツは順番に自己紹介を、と部長が仕切り、彼女の隣の女の子が明朗快活に紹介を終えて自然と彼女に視線が集まったところ。


「…知古千佳、です。トレックに乗っています」


 千佳ちゃんはとろんとした声の女の子だった。


「部室や外では会わなかったけど、最近入部したばっかか?」

 真正面に座っていた千佳ちゃんに声をかけると、彼女はほけっとオレを眺めたあと右を見て左を見て、再びオレに戻ってくる。そうそう、おめさんだよ。
 千佳ちゃんはふるるっと首を降って、「引越しが」と小さく答えた。


「引越しが、何?」

「あ、の…うまく、いかなくて」

「もしかしておめさん、喋るの苦手?」


 できるだけやんわりと言ったつもりだけどストレートすぎただろうか。千佳ちゃんは小首をかしげてぱたぱた瞬きをすると、「よく言われるけど、そうでもない、とおもいます」と笑った。


**


 2人きりのサイクリング。

 千佳ちゃんは初めの印象を裏切らず、ふわふわと漂うように山を登ってゆく。彼女はクライマーだった。東堂みたいに、どこにどう力をかければそんなに静かに山を登れるのだろうといった気質のクライマー。


「東堂さんは、レースで何度かお見かけしたことがあります」

「そっか。そんとき喋った?」

「おはなしはしてないです。けど、にぎやかな方だなとおもって、見ていました」

「そっか。よかった」


 よかった? りんごみたいな赤いほっぺたで尋ねる千佳ちゃんに再度ゆったりと「うん、よかった」と言って笑う。彼女は納得はしてないようだったけど、オレにつられたみたいにして笑った。


***


 千佳ちゃんの引越しがうまくいかない、というのは大家といざこざがあるわけでも借りてる部屋に問題があるわけでも何でもなくて、ただ単に荷解きに時間がかかっているというだけの話だった。
 ダンボール箱が見当たらなくなったのは、大学からほど近い彼女の下宿先を訪ねて3回目のとき。


「わたし、彼氏がいるよ」

「うん、知ってる。だから?」


 ソファに押し倒して見下ろす千佳ちゃんは焦りもせずにオレを眺めている。


「違う大学に入った途端メールの返事もろくにこない、会う約束もドタキャンされる。それってマジでおめさんの彼氏か?」

「う…ん、わたしも今、かんがえてるところ、なんだけど」

「…イヤか?」


 ぐっと顔を近付けて問う。千佳ちゃんがゆる、と視線を外し「イヤじゃ、ない」と、答え切らないうちから唇を奪う。舌を入れて柔らかいそれに絡み、纏わりつき、奥に奥にと貪っているうちに小さな悲鳴が漏れて距離を置く。
 荒く口で息をする千佳ちゃんの頬を親指でなぞると、彼女は笑う。


「しんかいくんの、くち、やわらかい」


****


 身体を重ねてもう4度になる。


「千佳ちゃん、オレのこと、好きか?」


 耳元で囁く度に千佳ちゃんの膣は締まる。彼女と彼氏の関係はだらだらと続いていて、オレはといえば決定的な言葉は言わないままどうにかして彼女をオレに溺れさせようとしている最中。

 勢いを殺したオレを切なげな表情で見上げる千佳ちゃんを追い詰めるように呟く。


「言わねぇと、このままやめちまうかもな」

「…じゃあ、すき」

「じゃあ? って何?」


 脚を大きく開げて、深く抉られるのが彼女は好きだ。ゆっくり、ぎりぎりまで引き抜いて、楔を打つように何度かそうしているうちに甘ったるい声と涙が同時に零れた。


「わるい、ひと」

「だったら浮気してる千佳ちゃんは、もっと悪い子だな」


 そうだね、と彼女は笑った。


*****


 千佳ちゃんと出逢ってから5ヶ月が経った。


「彼氏と、わかれた」

「むしろまだ付き合ってたのかって感じだけどな」


 高校時代をずっと共にしてきたひとだからそんなに早くは諦めきれないと千佳ちゃんは説明するが、そんなヤツが1年以上二股かけてたのに気付かなかった彼女はバカだと思うし、それを最後の最後でバラす男はもっとバカだと思う。


「じゃあオレたちもこの関係、やめよっか」

「…そうだね。そのほうがいい、とおもう」

「それで、オレとちゃんと付き合って」


 え、と千佳ちゃんは動きを止め、視線を彷徨わせながら考える。そして首を振って、うつむく。


「やめたほうがいい、とおもうな。わたし、隼人にはきっと一生信用してもらえない、とおもうから」

「オレはそう思わないけどな。おめさんが一言言ってくれさえすりゃ信じるし、大切にしてやるよ。なあ、どうする?」


 顎を持ち上げると千佳ちゃんは泣いていた。ぼろぼろと、とめどなく。

 そうして、「すき」と、言い終わらないうちに唇を塞いで、ようやっとオレで満たされたその瞳から落ちる涙に恍惚を覚える。オレのためにのみこうして心を痛めている彼女はやっと、オレだけのもの。





( 20140408 // 5歩目で涙の水たまり  )



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