PEDAL


□何色がすきですか
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 今なにしてんの、というタイトルなしのメールの本文に目を瞬かせ、私は相手に電話をかけた。用件のないメールがくることが今までになかったので少し心配になったのだ。決して返事を打つのが面倒だったわけではなく。

 たっぷり6コールほど待たされたあとようやく着信に応じた私の彼氏さまは、えらくもったいぶった声で「もしもしィ?」と語尾を上げる。


「もしもしぃー。どしたの? 今ちょうど家に帰ってきたとこだけど」
「ハ? 遅くナァイ?」
「ああ、近所のスーパーで…あんま言いたくないけど、もうちょっとで値引きになりそうな時間だったから待ってた」
「フーン、あっそ」
「あっそて。さらっと流されると余計恥ずかしいから。…じゃなくて、何か用事があったんじゃないの?」
「別にィ。電話で言うよーなコトでもねぇし」


 電話でなくメールだったらよかったのか。怪訝な表情が相手に見えてないのは幸いだ。私は何でもないような声色で「靖友は何してたの」と尋ねながらも、ケータイを持っているのとは反対の手で冷蔵庫を開けて、エコバックから要冷蔵の品を整然と詰め込んでいく。


「ンー、オレも家帰ってきたトコ」
「人のこと言えないじゃん…。走ってたの? もう暗いのに」
「…まァ、アレ。気分転換ってヤツだヨ。帰り道に映画レンタルしてきてヨ」


 消費期限を確認しながら豚バラの薄切り肉を入れて、頭では靖友も映画とか観たりするんだな、なんて考えていた。私はともかく靖友から映画の話題を振ってきた記憶はないし、何より靖友が2時間3時間も座ってじっとしている姿なんて想像できない。
 自分の恋人に何て言い草だ、と非難されるかもしれないが、これも日頃の行いというものだ。だって講義の間ですら貧乏ゆすりしたりしてるんだから。


「へえ、どんな映画?」
「どんな? …エット、わかんねェ」


 ぶは、と思わず吹き出してしまった。見えないけど、靖友が嫌な顔をしたのが分かった。


「え、わかんないのに借りてきたの?」
「っせ! 知んねーヨ、おめーが今日観てぇって言ってたヤツゥ!」


 若干音割れしながら聴こえたそのセリフの意味を、耳元からいったんケータイを離しながら考える。彼女が観たいと独り言のように呟いた新作映画のためにわざわざレンタルショップまで足を運んでくれた、もしくは今日が金曜日なことを踏まえるとハシゴしてくれたと。つまりはそういうこと?


「へぇー? ふぅーん? でぇ?」


 にやにやする頬を自重できないまま続きを促すが、完璧に機嫌を損ねてしまったらしい靖友は向こうで舌打ちをしていた。


「ンだよ、別に千佳と観ようと思って借りたワケじゃねぇっつのバァカ」
「えぇー?」
「1泊2日らしーから明日ウチまで取りに来てヒトリで観てオメーが返しとけヨって言おうとしたダケェ」
「そんなこと言わずに一緒に観ようよー。明日ね? 何時ならいいの?」
「昼前から金城と走り行くしオレ明日ムリ」


 あー、と唸って一拍置くのは言いづらいことを言う前兆なので、私はじっと次の言葉を待つ。本当に言わないつもりなら「別に」なんて言ってはぐらかしたりするんだってことは、付き合うより前に学習済みだ。


「オレ今から観るケド。一緒にみてェなら来れば」
「え、こんな時間から? 靖友がチャリでこっち来ればいいじゃん。だって私が今から行って映画見終わる頃には終電なくなって、る…」
「……」
「…あ、の…そういうこと、なんですか? その、いわゆる…お泊まり、的な」


 プツ、と、答えが聞けないまま通話は一方的に切られてしまった。
 しばし呆けていたけど、こうしている場合じゃない。すぐに支度を始めないと…でもお泊まりって何が必要なの!? 歯ブラシ、洗顔、替えの服と、寝巻き…はいらないか? あざとすぎるよねさすがに?

 あたふたと服を脱ぎ、洗濯してあってよかった、と安堵しながら私はその真新しい下着に腕を通したのだった。





( 20140418 // わからないから今日はとりあえず私の好きな色で臨みます )



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