PEDAL


□嘴のない鶏と創造する唇
1ページ/1ページ



 お前マジで来たのかヨ、だなんてぶっきらぼうだけどそれほど迷惑だとも思っていない、強いて言うなら呆れ返ったような調子でぶつくさ呟きながら靖友は扉を開けた。部屋の外に立っていたのが予想外の人物だと認めるや否や靖友は、私の思惑ないし期待通りにおろおろとうろたえだす。


「ぬわ、何で千佳が…えっ、イヤだってオマエ今日はバイトだって……え? アレ、金城ォは……えっ?」


 彼の細い瞳は今はくるりと丸く。点になった瞳孔の中で私はにーっこりと笑う。


「サプライズー。金城くんに手伝ってもらっちゃった」


 前から休みを取ってたバイトにどうしてもヘルプに入らなきゃいけなくなったって昨日伝えたのね、あれ、嘘だよ。金城くんがこの時間に家までお祝いに来るって靖友に言ったのも嘘。代わりに予定が入ってしまわないよう、私が彼にお願いしたんだ。だってせっかく遠路はるばる会いに来るんだからね。鍵を開けて部屋がもぬけの殻だったら、ちょっと淋しいじゃない。


「えへ。びっくりした?」
「…タチ悪ィんだヨ」
「あらら、怒っちゃった? からあげの材料買ってきたから、ねえ、いーっぱい作るから。機嫌直して」


 スーパーの袋をがさがさっと揺らしてみせ、ドアノブと枠に手をかけてがっくりと項垂れる靖友に冗談めかして言う。溜息と共に小さな声で返ってきたのは、怒ってねェけど、の一言。なんだかえらくしおらしい。罵倒のひとつも飛んでこないなんて。


「怒ってないけど、の“けど”ってなーに」
「…るっせ」


 びゅう、と体が押されるほど強い風が吹き抜けて、そろそろ部屋に上げてくれないかなあ、とぼんやり考える。今日は風が強くて、しかもここに来る長い一本道は向かい風だったんだよ、あいにくと。何度自分の髪の毛を食べてしまったことか。
 ばさりと舞った黒髪は、この前見たときより少し伸びたのかな。靖友のいつか薄れるかもしれない頭頂部をほくほくした気持ちで眺めていたら、赤い耳が目に入る。まだ風に負けるには短い時間、まだ赤い夕焼けには早い時刻。
 ちょっとした出来心がうずいて靖友の顔を下から覗いてみようとしたけど、いつもより少し丁寧に施した化粧なんてお構いなしにむぎゅっと手を顔に押し当てられてしまった。


「見なくていーからァ!」


 赤い顔をぷいっと逸らせて、靖友はどすどす部屋に入っていく。ああだめだ、このニヤニヤする口元をどうにかしないと、ほんとに怒られてしまう。でも、だって、やっぱり君が好き。すねたり、怒ったり、照れたりする、その正直な表情がすごく好き。
 鍵をかけて靴を脱いで、足を踏み入れる散らかった部屋で深呼吸をひとつ。靖友の香りが身体中に満たされる。肺がずっとこの匂いに飢えていた。たばこを吸う人は皆、こんな心境なのかしら。


「靖友、お誕生日おめでとう」


 リビングの片隅に荷物を落として、テレビゲームの続きをしようとしていた靖友にしがみつく。ヘイヘイ、と素っ気ない返事に、ポンポン、と私の後頭部を叩くやる気のない手。表情を窺おうとしたら、やっぱり遮られてしまうけれど。


「…あの荷物はァ?」
「あら。もう気付いちゃったの」


 お泊まりもできそうにないやって言ったのね、あれも嘘だよ。だから今日が終わるまで一緒にお祝いしようね。


「嘘ばっかりじゃねーかヨ」
「ええー。むしろほんとに全部信じてたのか疑わしいなあ」


 そうして早くも手の内がすっからかんになってしまうと、途端に無防備に感じてしまって距離を置こうとした私を引き寄せる靖友。追えば逃げて、逃げれば追う典型的なネコ科の爪は私の首根をきりりと捕まえる。


「ドコ行くのォ」
「鶏さんを冷蔵庫に入れにー」
「ンー。鶏サンもーちょっとアソコでも大丈夫だっつってるヨ」
「いやいや…鶏さんもう死んじゃって喋れないよ…」


 ずいずい私に覆いかぶさってくる靖友のでたらめなごまかしに反論したら、靖友は大笑いだった。
 ああ、やっぱり笑った顔がいちばん好きだなあ。その威力といったらもう、あれだけ苦手だったお料理までここまで上達してしまうんだから。笑顔は『破壊力がある』なんていうふうな表現をよくされるけど、靖友の笑顔には創造力があるのかもしれない。なんだかちょっとよく分からないことを口走ってるかもしれないけど、とにかく靖友の笑顔はそれぐらいすごい。


「なァ千佳チャン、晩メシいつゥ?」


 だってほら、見て。たったのこれだけで、この小さな胸からこんなにも不釣合いな愛しさが生まれては不可視にこぼれてく。清く尊く、恋は流れ落ちる。まるで滝のように。




( 20150402 // この壊滅的なタイトルセンスよ…。
  荒北さんお誕生日おめでとうございます! )



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ