三日月
□お互いがお互いに
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冷たい冬が終わり帝都にももうすぐ春がやってくる。
ただこの時期は季節の移り変わりということもあってそれが天気にも表れる。
昨日は暖かかったのに今日になっていきなり真冬並みになるなんてこともあるから面倒なことこの上無い。
そして例によって今日の天気も雨。しかも、昼間の春の陽気から一変。冷たく落ちる花散らしの雨に変わった。
街中では傘を持たぬ人が慌てて家路を急ぐ中その中を同じように駆けていく一人の少年の姿があった。
少年は真っ黒なカラスを連れていたがカラスも少年も最早びしょ濡れ。それでも少年は街を走り抜けようやく自分が宿泊している宿に辿り着いた。
だが、少年はすぐに扉をあけようとしなかった。
『信乃、なんで中入らない?』
「う、うっせぇな。荘介に見られでもしたらめんどくせぇからに決まってんだろっ」
連れていたカラスに促され少年、犬塚信乃はできるだけ音を立てないようにそーっと扉を開けた。
開けた扉の隙間から中の様子を窺い目的の人物がいないことを確認する。
「・・・・よしっ。荘介のやつはいねぇな、今のうちに・・・・」
「俺がどうかしましたか。」
「う、うわぁぁっっっ!!!!!??」
突然声をかけられ信乃は驚いて宿の中に駆け込む。
慌てて後ろを振り返ればそこには今は絶対に会ってはいけない幼馴染み、犬川荘介が笑顔のまま立っていた。
「そそそ、荘介!!!お前こんなとこでなにやってんだよっっ!!!!!」
「それはこちらの台詞です。小文吾さんたちのところへ行くとは聞いていましたが帰りは迎えに行くので村雨を寄越してくださいと言っておいたはずですが。」
「そ、それは・・・・」
「とりあえず話はまた後です。今はその濡れた体を拭いてきてください。あと風呂にも入ってきてください」
あまりに正論すぎる荘介の言葉にたじたじになりながら信乃は逆らうことなどできるはずもなくそのまま風呂場へと直行した。
―――――――――。
「まったく、今日は雨が降るかもしれないので傘は持っていってくださいねと出掛ける前にあれだけ言い含めたのに」
「だって朝はあんなに晴れてたんだぜ?誰が雨が降るなんて信じられるかっつーの。」
風呂から上がり寝室に戻ってきた信乃を荘介がベッドに座らせタオルで濡れた頭を丁寧に拭いていく。
信乃はただじっと座って荘介の好きにさせていた。
「だとしても小文吾さんたちのところにいた時にはもう雨が降りだしていたはずでしょう。だったら俺が迎えに行けば傘も持って行きましたし、少なくともあんなびしょ濡れになることはなかったはずです」
「べ、別にこのくらいの雨どうってことなかったし・・」
なんともばつが悪そうにする信乃に対して荘介は更に厳しく言い続ける。
「あとで風邪でも引いたらどうするんですか。それで面倒なことになるのは信乃自身なんですよ。わかっているんですか?」
「あぁ、もう!!いいじゃんかよ!!!今回は雨に濡れたい気分だったんだよっ!!!!」
信乃の言った言葉に目を点にして固まる荘介、だが次の瞬間に口から次いで出たのは呆れを含んだため息だった。
「・・・信乃。前々からずっと思っていたのですが、信乃は歳を取らなくなった分日に日に子供っぽくなっていってる傾向があるように思いますよ。」
「だ、誰がガキだって!!!俺はガキじゃねぇっての!!!!」
怒ったように否定する信乃だが、荘介からしたら見た目も中身もやはり子供なのだと思わざるおえないのでこれ以上は口をつぐんだ。
「・・・それで。本当の理由はなんなんですか。まさか本気で雨に濡れたかったわけじゃないでしょう」
完全にタオルで水気を拭き取り終わりベッドから立ち上がった荘介はタオルを片付け信乃の寝巻きを用意し始める。
荘介の後ろ姿を見つめながら信乃は少し考えてから小さく声を漏らした。
「・・・・・たから・・」
「はい?」
あまりにか細く小さな声に荘介は手を止めて信乃を振り返った。
「昨日は朔の日だったから・・・荘も体が本調子じゃないだろうし無理させたくなかったから・・・・」
「信乃・・・・・」
小さくベッドに腰掛け床の一点を見続ける信乃。
そんな信乃を見て荘介はフッと微笑むと信乃の前に立ちそのまま膝をついて下から信乃の顔を覗きこんだ。
「信乃。俺のことを気にかけてくれるのは嬉しいですが、自分のことももっと大切にしてください。俺にとっては信乃は唯一絶対で何よりも大切で誰よりもかけがえのない存在なんですから」
「それは・・・・・」
――俺がお前の命を救い上げたからか?――
その一言が言えず信乃は口を開いたが言葉は発せずに再び口を閉じる。
荘介は信乃の考えを察し優しい眼差しを向けた。
「信乃が信乃だから、ですよ。俺にとってはそれだけがこの世で唯一信じられるものなんです。それをどうして否定することなんてできますか。」
「荘・・・・・」
「さぁ、今日はもう休みましょう。本当に風邪でも引いたら大変ですから」
荘介はやんわりと信乃を横に倒しベッドに寝かせる。
その上から布団をかけ、信乃のすぐ脇に腰を降ろした。
「荘介・・・ごめん。」
「もういいですよ。さっ、寝てください。眠るまで傍にいますから」
荘介は信乃の乾かしたばかりの髪をゆっくりと撫で眠りへと誘う。
眠気に誘われ信乃も少しずつ瞳が虚ろになっていく。
「眠っ・・てから・・・も・・・傍にいろよ・・・」
「・・はい。ずっと傍にいます。離れたりなんて絶対にしませんから」
それを聞いて安心したのか本格的に信乃の瞳が閉じ始める。
荘介は落ちていく信乃の瞳を優しくただじっと見つめていた。
すると、信乃がもぞもぞと布団から手を出し荘介の撫でている方とは反対の手をぎゅっと握った。
「・・そう・・・・・・」
「はい、なんですか。」
握られた小さな手を荘介も確かに握り返す。
「おれも・・・・そうはそうだと・・おもうから・・・・いまもむかしも・・・・なにもかわってないって・・しんじ・・・てる・・か・・ら・・・・・・・」
それを最後に信乃の瞳は完全に閉じ小さな寝息を立て始める。だけど、荘介の手を握る力は固かった。
「まったく・・・信乃には敵いませんね・・・・・・お休みなさい、信乃。」
荘介はかがみこみ信乃のおでこに柔らかなキスを落とした。
そのまま荘介は信乃の隣で横になり信乃の幼い寝顔を見ながら目を閉じ眠りについた。
眠りについている間も二人の手は決して離れることはなかった。
それは二人の確かな絆、信頼の印。未来永劫別たれることのない誓いのように固く固く結ばれたままだった。