満月

□氷詩9
1ページ/5ページ




四幕 忍び寄る闇と暗き絶望





クラウン・キャッスルの廊下を全速力で走る影が1つ。
その影の後ろを追いかけるようにもう1つの影も続いている。
その影の正体は今しがたドラゴンエンパイアから到着したばかりの櫂と三和だった。
だが二人はいつもとは違い焦っていた。
二人は城に着いてすぐに駆け出しそして、その勢いのまま目的の部屋に辿り着き思いきり扉を開け放った。


扉を開けた先部屋の中には4人の人がいた。
1人は今にも泣き出しそうなほどに不安と恐怖の入り交じった表情をしているアイチ、その隣で支えるように立っているブラスターブレード。
その二人の前にいる人物に櫂たちは驚いた。
一人は純白の長い髪に同じく様々な刺繍をあしらった純白のロングドレスを着こなす女性。見た目はアイチより年上で二十代半ばくらいだがその風貌からは堂々とした気品や厳格さも見てとれた。
もう一人の男の方は女性の方とは対照的な短めの漆黒の髪、服装もゆったりとした装いでありながら所々にシンプルな甲冑のようなものをつけている。こちらも見た目は女性の方と同じくらいだが、その出で立ちは凛々しく落ち着いたものだった。
その二人は櫂たちもよく知る人物、だが普段はこんなところには決していないしその姿を見るのもずいぶんと久しぶりだった。

「お二人ともこちらにおいででしたか。ソウルセイバー様、ファントムブラスターオーバーロード様」
「このような時ですからね、祈りの間にずっといるわけには参りません」
「我もまぁ似たような理由だ」

ソウルセイバーもオーバーロードも人型をとることは滅多にない。
それは今がそれだけの事態であることを示していた。

「それで?レンがいなくなったって聞いたけどそれってマジなのかよ」
三和がいつもとは違う神妙な顔で聞いてきた。
一瞬アイチがそれに反応してビクッと肩を震わせた。
その顔は真っ青でずっと首から下げた首飾りを握りしめている。
アイチに気を使い代わりにブラスターブレードがその問いに答えた。
「えぇ、事実です。ですが正確にはいなくなったではなく戻ってこないが正しいかと」
「なにがあった?」

「1週間前我が国の国境付近で怪しい影を目撃したとの報告を受けレン様はブラスターダーク、ブロンドエイゼルたちなど少数精鋭を連れて向かわれました。ですが、そこからの足取りが全く掴めないのです。」
「そのまま国境を越えたってわけじゃねぇのか?」
「いえ、隣国にも確認致しましたがレン様たちを見かけた方はいらっしゃらないそうです。」
「なら、領国内で足止めされているということは?」
櫂がいつもよりもやや早い口調でブラスターブレードに問いかける。
「国内に関しましては既にハイビーストたちを走らせました。ですが、見つけることはできませんでした」
「なら一体どこに....」

「レンさんたちが消えた国境付近に住む住民の話ですが、レンさんたちが消えた日に黒い何かを見たという話もあります。」
「そして、その黒い何かとは恐らく......」
ソウルセイバーとオーバーロードが表情を変えぬまま言った。
櫂たちは二人の方を見る。
「“影”の仕業...ってことっすか?」
「そう考えるのが妥当であろうな」
「だけどよ!!おかしいだろう!!!!このユナイテッドサンクチュアリじゃ今まで一度だって“影”が見られたことなんて...!!!」
「落ち着け、三和」
声を荒げ前へと出ようとする三和を櫂はその肩を掴むことで止めた。
三和は言い返そうと一度振り返り櫂を見たが、その眼を見てすぐにやめた。
何故なら櫂の目にも明らかな焦りや動揺の色が見て取れたからだ。

「その事に関してですが....」
ソウルセイバーが静かに口を開いた。
「少し前に礼拝で違和感を感じたこともあり、調査のため私はハイビーストたちを地方へと飛ばせていました。結果だけを申し上げるのならそれはあまり良くはありません。」
「良くないとはどういうことですか?」

「あなたたちはまだ知らないでしょうが、ここ最近で“影”が異様なほどの成長を遂げています。結果その力は強まりついには4つの国とさらには6つの一族が闇に飲まれたのです」

「「!!!??」」
二人は驚愕した。
“影”のことは常に警戒していたはずなのに自分たちが知らない間にいつの間にか事態が急変していたとは露にも思っていなかった。

「まぁ主らが驚くのも無理はないだろう。これはここ2、3日でいきなり起こった出来事なのだからな」
「そんなたった数日でなぜ.....」
「それはまだ調査中です。詳しいことは次のうぃんがるたちからの報告次第です」

櫂たちは黙ったままその場で動けずにいた。
チラリとアイチを見ればまだ体が震えていた。
「本日中には結果が出るでしょう。それであなた方はどうしますか?国へ戻りますか?」

黙っている二人にソウルセイバーは問う。
「...いいえ。よければ結果を待たせてもらってもいいでしょうか?国へ帰るのはそれを聞いてからの方がいいと思うので」

「ほぉ...取り乱していた割には冷静な判断だな、なるかみの。まぁそれが賢明であろう」
「それでは、部屋を与えますからそれまで休んでいなさい。アイチ、あなたもですよ」

ソウルセイバーが櫂たちからアイチへと視線を移す。
声をかけられたアイチはそこで初めて顔をあげた。
「で、でも.....」
「あなたがここにいてもできることはありません。ならば少しでも体調を万全にすることをあなたは考えなさい。わかりましたね?」
「.......」

自分になにもできないと言われアイチは再び俯いた。
その小さな背を控えていたブラスターブレードがそっと押した。
「参りましょう、姫様。この1週間ほとんど寝ておられませんしそろそろお体を休ませませんと」
「....わかりました.......。」

そうしてアイチはブラスターブレードに支えられて部屋を出ていく櫂と三和も一礼をしてその後を追った。
「相も変わらず娘に厳しいの、主は。傷心した一人娘、もう少し労ってやればよいものを.....」
「今のあの子は精神的に弱っています。あのままにしておいたらいつ倒れてもおかしくありません」
「そういうことか、しかし...さてどうしたものかの...」
「こうあってほしくはないと願っていたのですが.....意味はなかったようですね」
「セイバー......」
部屋に残された二人の顔は深く思い悩むような暗いものだった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ