満月

□氷詩13
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  八幕 光が運ぶ想い



戦いが始まってから既に半日以上が経っていた。
辺りにはまだ戦いを続けているもの、地面に倒れ伏しているものなど互いの消耗は激しかった。
上空ではファントムブラスタードラゴン、ファントムブラスターオーバーロードがいまだ激しくぶつかり合っている。そして、地上で戦っている櫂とレンの戦いもまだ続けられていた。互いの呼吸も荒く、体はすでに傷だらけで体力も最早限界に達していた。
それでも二人は自分たちの剣を決して降ろそうとはしない。
「はぁ.....はぁ....はぁ........そろそろ..僕たちも....はぁ....終わりにしましょうか......」
「...はぁ......あぁ..お互い.....とっくに限界を越えている.....こと...だしな.....」
二人はよろよろと立ち上がり力なく剣を構える。互いを見据えこれで全てを終わりにする、と自分の中の最後の力を全て剣にこめる。

  「「........」」

息を抑え、自分が最も力の入る体勢へと変える。二人の間に一瞬の間が生まれる。その間を小さな風が吹き抜ける。そして、風が通りすぎた頃二人は同時に地面を蹴った。
「レン―――――!!!!」
「櫂―――――!!!!」
お互いの名を叫び二人はどんどん加速していく、ついには真ん中で二人の武器が合わさろうとしたまさにその時だった。



ヒュンと眩しい光が空を横切っていった。それはひとつ、またひとつと増えていき空を無数の光の流星群が流れていく。
戦場のものたちはその光景に目を奪われ全員が戦いの手を止め空に魅入っていた。
上空の二頭のドラゴンも武器を下ろし空を見上げる。
「始まったか....世界の浄化が........」
オーバーロードは光の空を寂しげに見つめていた。
やがて光に包まれた戦場にキラキラと輝く光の粒子が降り出した。それはまるで雪のように戦いで傷ついた戦士たちに降り注いだ。あるシャドウパラディンの戦士はその光の粒子に触れてみた。すると、触れたところから光が自分の中に入ってきた。戦士は驚いたが、光が入ってきたことで自分の中の黒いものが追い出されたことに気づく。今まで真っ暗だった頭の中がすっきりとし、自分は今までなぜ戦っていたのかと自分に問い質した。
光の粒子は戦場にいた全てのものたちに溶けていった。
シャドウパラディンたちからは“影”が追い出され外へと出た“影”は新たな光の粒子へと変わる。
戦いで傷ついたものたちには痛みを消し、傷を癒した。

それは光に目を奪われ動きを止めていた櫂たちの元にも届いた。
櫂は唖然とし辺りに舞い散る光の粒子を目で追いかけた。
「一体これは.......」

「うっ.....ぐぅあぁぁ.....!!」

と、突然目の前のレンが苦痛の声を漏らし胸を押さえて苦しみだした。

「レン!?どうしたんだ!!おいっ!!!!」
その様子に慌てた櫂はレンに近づこうとした。だが、その時レンから黒い煙のようなものが出始めた。
レンは一歩二歩とよたよたと後ろに下がりさらに苦しげな声で呻く。
「ぐっ...!!うぅっ......うわぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
一際大きな声を発したその瞬間レンから立ち上っていた黒煙がレンの体から一気に引き離された。引き離された黒煙はすぐに光へと変わり霧散した。
その衝撃でレンは力を失い地に膝をついて崩れ落ちた。櫂はレンに駆け寄ろうと足を踏み出す。
その時。


『..レン.....』



聞き馴染んだ声がした。
だが、その声の主がここにいるはずはなく聞き間違いかと耳を疑った。
すると辺りに舞っていた粒子が二人の間に集まり始める。たくさん集まったそれはやがて人の形を成しその姿形、輪郭が次第にはっきりと見えてきた。その人物は長く青い髪をたなびかせ同じく青く澄んだ優しい目をして微笑む一人の少女。二人は見知った姿の少女が突如現れたことに驚いた。
「アイチ!!!?」
アイチと呼ばれた少女は優しく微笑み返すとふわりと舞い降り崩れ落ちたレンに抱き付いた。レンは力なくその場に崩れたまま彼女の抱擁を受け入れる。
『よかった..間に合って....』
「ア.....イチ.......?」
名を呼ばれ少女は微笑みをたたえたまま一度体を離し後ろを振り向いた。
『ありがとう、櫂くん。櫂くんが最後までレンのことを助けようと諦めないでいてくれた。そのおかげで...最後にこうしてレンに会えた.....』
「最後....?お前は......何を..言っている......」
少女はその問いには答えない。この場に現れた時からずっと彼女は笑ったまま。
『櫂くん。私との約束覚えてる?レンのことを....お願い..』
櫂は今自分の目の前で起こってることが理解できずにいた。驚愕しその場にただ立ち尽くすことしかできなかった。
少女は再びレンに向き直りもう一度優しく愛おしげに抱き締めた。
『レン。私気が弱くて何もできないからいつもみんなに頼ってばかりで特にレンにはいろいろ迷惑ばかりかけてたよね。ごめんなさい。』
「....アイチ.......?」
『レンはいつも私を支えてくれて傍にいてくれて....それなのに私は恥ずかしがってばかりで全然応えられてなかった』
レンは少女を抱き締めようと体に触れた。しかし、光である彼女は実体がなくレンの腕は少女をすり抜け宙をかいた。
『ありがとう、レン。ずっと一緒にいてくれて。私を愛してると言ってくれて。...私もレンのことずっと愛してる』
「アイチ.....何で..そんなこと........」
少女は体を離しレンの頬を両手で優しく包み込み顔を近づけてキスをした。
実体のない彼女だったが、レンは彼女の柔らかな唇が合わさったのを確かに感じた。
しばらく重ねていた唇を離し少女はレンの瞳を覗きこむ。その目は優しさと寂しさを奥に秘めていた。

すると、空を覆っていた光がチカチカと瞬き出した。
それを見た彼女は一度空を見上げすぐに視線を戻した。
『お母さまが呼んでるから...私、そろそろ行くね。』
そう言って少女はレンから離れ再びふわりと舞い上がった。
レンはそんな彼女に弱々しくも必死に手を伸ばした。
「待ってください!!!アイチ!!!!!!」
レンの切実な声にも彼女は答えることなくそのままどんどんと光の空へと昇っていく。
彼女の体からは現れた時と同じ様に無数の光の粒子が散り周囲に溶けていく。次第に少女の体が透けてきた。
その光景を二人はただ見ていることしかできない。消えていく少女はか細いながらもはっきりとした声で
二人に告げた。

『世界にはびこる全ての“影”は浄化された。これからクレイはきっと平和になる。みんなならそれができるって私信じてるから。』

ニコッと彼女は満面の笑みで笑ってみせた。それは彼女の心からの確かな笑顔だった。
「アイチ!!!!!!!」
喉が張り裂けそうなほど少女の名を叫び空へと手を伸ばす二人。そんな二人を見た少女は僅かに悲しげな表情を見せたがすぐに笑顔になった。
彼女の体は光へと変わり、光は一瞬で霧散し辺りに降り注ぐ粒子となった。
少女が消えたのと同時に光の波が空を覆う分厚く横たわる黒雲を突き破った。雲はどんどん晴れてゆきやがてその隙間からは久方ぶりの太陽の光が射し地上を照らしていく。
いつしか戦場からは戦いの殺気が消え去り戦士たちは武器を下ろし辺りにはゴールドパラディンとシャドウパラディンのものたちが駆け寄り声をかけあっていた。その様子を空から見ていたオーバーロードは武器を収め目の前のファントムブラスタードラゴンへと声をかけた。
「戦いは終わった。怒りも憎しみも全てが光となった今最早主が戦う理由はないはずだ。どうだ?」
「.........」
オーバーロードの言葉を聞きブラスタードラゴンは武器を下ろした。それを見たオーバーロードはブラスタードラゴンへ近寄り二匹連れ添って地上へと降りていった。

戦う力を無くした櫂とレンはすでに自身のライドを解きずっと空を見上げていた。
ぼんやりとただ一点を見続けている。
先に言葉を発したのは櫂だった。
「終わった...のか..?だが、さっきのは一体.....」

ドサッ。
なにかが倒れる音がして櫂がその方を見れば気を失ったレンが地面に倒れていた。
櫂は自分の体の怪我も構わずにレンに走り寄った。
「レン!!!おいっレン!!!!」
傍によって抱き起こせばレンの顔は真っ青で息づかいも小さかった。櫂はすぐさま近くのものを呼んでレンを城へと運ばせたのだった。








――後に“光と闇の聖戦”と呼ばれることとなるこの戦い。終息したあと傷ついたものたちはゴールドパラディンの城へと運ばれ治療を受け大事のないものたちは事後処理に追われた。ファントムブラスタードラゴンはオーバーロードの采配により力を封じた状態で城で暮らすこととなる。戦いで負傷した櫂も治療を受けた。戦場で倒れたレンも同じ様に治療を受けたが“影”に取り込まれた影響からかレンはその後も4日も意識を失ったまま眠り続けた―――

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