満月

□氷詩15
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 終幕 氷の華は咲き誇る






“影”によって起こされたシャドウパラディンとゴールドパラディンとが戦ったあの聖戦から100年が経った。その間どの国も大した争い事もなく同盟や和平を結ぶ国も増えた。そのかいもありあの大きな戦争以来戦は一度として起こっていない。先導者たちは今も人々を支え続けエトワールの一族たちは世界を守り続けている。
そうして一人の少女が守ったクレイは今も長きに渡る平穏を保ち続けていた。







ゴールドパラディンが治める領国ユナイテッドサンクチュアリ。
その国の中心にそびえ立つクラウン・キャッスルの庭には舞い降りる一匹のドラゴンの姿があった。
ドラゴンは着地すると長い首を下ろしその背から一人の青年が降り立った。青年は後ろのドラゴンに声をかける。
「ご苦労だったな、ブライトジェット。お前は一度国に戻っていい」
ブライトジェットドラゴンは頷き翼をはためかせ空へと飛び立ちすぐに空の彼方へ飛び去っていった。
残された青年は城の方へと向かう。彼は迷いもなく城の中を進んでいく、この城のことをわかっている彼にとってはここは自国の城となんら変わらなかった。
やがて廊下を歩き進んでいると前方からやってくる人影が見えてきた。前を歩く人物の方も青年に気づき一瞬だけ驚いたようだった。
「これは櫂様、いらしていたのですね。毎度のことながらお迎えできずに申し訳ない」
「気にするな、エイゼル。こちらが勝手に来ているんだ、今回も早めに着いてしまったからな。」

お互いにいつも通りの言葉を交わし会話を進める。
青年櫂の方はいつもの如く仏頂面で真面目なブロンドエイゼルも礼をすることを欠かさなかった。
あれから100年経つがどちらの方にも僅かな成長が見れた。
服装は黒のロングコートに中は動きやすいであろう新緑のシャツに黒のズボン。
背も伸びて顔もますます凛々しいものになった。その分目付きの方もやや鋭くなったが。髪の方は長いのがうっとうしいのか変えるのが面倒なのか以前からあまり変えていない。
一方のエイゼルの方は体つきががっちりしてさらにたくましくなった。顔つきの方も堂々とした威厳が感じられるほどになっていた。
「あぁ、そういえばそろそろそんな時期でしたな。今回は我らが持ち回りの番でした」
「そうだな....前にこの国で行われた族長会議から100年が経つからな」
100年という言葉を聞いてエイゼルは少しだけ寂しそうに笑った。
「早いものですな。未だ100年前のあの聖戦がまるで昨日のことのように感じるというのに....」
話しながらエイゼルは遠い空を見つめる。その横顔を追って櫂も空を見上げた。
「俺たちにとっては時間の流れは緩慢だからな。ところで、レンのやつはいるか?」
「はい。2日程前に戻って来られました。今は自室にいらっしゃるかと思います」
「そうか、わかった。とりあえず部屋を訪ねてみよう」
それを聞いてエイゼルは会議の準備の為足早に去っていった。エイゼルと別れた櫂は真っ先に最上階を目指す。しばらくしてすぐに目的の部屋に着き中に人の気配があることを確認するとノックもしないまま部屋の扉を開け中に入った。

部屋には大量の書物が所々に散らかっていてほとんど足の踏み場もないような惨状だった。以前櫂が来た時よりも数が増えていて散らかり様もさらに増していた。それでも櫂は慣れたように書物を踏まないように奥へ進んでいく。その奥にある机の上では部屋の主が山のような本や古い文献に挟まれながら机に突っ伏して眠っていた。
やがて奥まで辿り着いた櫂は山を崩さないように慎重にそれでもかなり強い力をこめて寝ている人物の頭を思いっきり殴った。
「いっ..たぁ!!!?だ、誰ですか今僕の頭をぶったのは.....うわぁっ!!!」
頭を殴られた方は痛みで頭を押さえながら飛び起きたがその振動で横に積んでいた本の山が一斉に自分の方へ雪崩れ込んできた。殴られた人物はそのまま後ろに倒れ本の下敷きになって埋もれた。その内もぞもぞと本の雪崩を掻き分けて未だ痛むであろう頭をさすりながらむくりと起き上がった。
「あ―ビックリしましたー。また本に潰されちゃうところでした」
「...だから普段からもっと片付けろと言っているんだ、レン」
言われた方の青年はこれでも片付けてるんですよなどと言って立ち上がり服についた埃を叩いて払った。

レンの方も100年でそこまでではないが、様変わりしていた。元々長かった髪は更に伸び顔の横で緩めに1つにまとめている。背は櫂と同じくらいか僅かに上くらい、服装も黒を基調としていたものから赤が目立つコートにネックのシャツを着こなしていた。そして、その胸元には青く光るティアドロップジュエルのペンダントがあった。

「別にそんなこまめに片付けなくたって大丈夫ですよ〜どうせまたすぐに増えて散らかすんですから」
笑いながら床に崩れ落ちた本を拾い上げるレンを見て櫂はため息を漏らす。
「そういう問題じゃないだろう。大体お前は長のくせに城にいなさすぎだ。いい加減あちこち出歩くのはやめろ」
「ちゃんと年に一回は戻って来てるんですから、いいじゃないですか。それに長の仕事なら父様が代行してくれてるので問題なしです」
と、呆れたレンの物言いに櫂はまた1つ大きなため息を吐いた。
あの聖戦以来レンはクレイの各地を放浪していた。城で調べものをしに戻っては来るが、それが終わればすぐにどこかへ行ってしまう。いない間はシャドウパラディンの長の仕事はほとんど先代であるオーバーロードが行っている。それをこの100年間ずっと続けていた。本来であればもっと厳しく追求すべきではあるが、その理由がわかっている分櫂は強く言えずにいた。
「レン....。もういい加減アイチを探すのはやめろ。今のお前はただ100年前にすがっているだけだ。....アイチはもういないんだ。」
アイチと聞きレンは次の本に伸ばしていた手を一瞬止める。だが、すぐに何事もなかったかのように本を拾い上げ机の上に積み重ねていく。
櫂は躊躇いがちに続けた。
「もう100年だ。そろそろお前も割り切れ。アイチは自らを犠牲にしてまでこの世界を救った。それを受け止めなければお前はいつまでも前に進めないままだ」
「......。」
レンは無言のまま黙々と本を拾っては重ねていく。櫂は黙ったままのレンに焦れたのか少しだけ語気を荒げる。
「100年間探して未だ見つけられないんだ。この先もきっと変わらない。それならばアイチが残したものを守り続けていくことの方が....」
「アイチは必ず見つけ出してみせます。僕は絶対に諦めたりしない」
積み重ねた本に手を置き静かに話すレン。櫂はカッとなり一歩レンの方へと足を踏み出す。
「レン!!いい加減に...!!」
「櫂。アイチを探すことは最早今の僕にとっては生きることそのものなんですよ。それをやめてしまったらきっと僕は耐えられない。....それほど彼女は僕の全てなんです」
櫂の方を振り返りその目を見つめるレン、その目を見た櫂はその瞳に宿るアイチへの強い想いと覚悟を感じた。
静かな瞳で見つめてくるレンに櫂は踏み出した足を戻した。
「...とにかく族長会議までは城にいろ。それくらいの仕事は自分でやれ。わかったな?」
「わかってますよ、元々今回はその会議に合わせて戻って来たんですから」
「ならいい。...俺はオーバーロード様に挨拶しに行くからこれで戻る。じゃあな」
コートの裾を翻し櫂は再び足場を選び部屋を出ていった。
櫂が出ていった後そのドアをじっと見つめていたレンは胸元のペンダントに手を伸ばし慈しむように優しく撫でるのだった。



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