満月

□甘い甘いバレンタインに
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バレンタインと言えば女の子が好きな人にチョコを渡す日として世間では有名な話、片想いの人ならばチョコと一緒に自分の気持ちを伝えたりすでに恋人がいる人でもさらに愛を深めるためにはもってこいのイベントだろう。
だが、これは女子にとって1つの大きな試練でもあるということを彼女たちは初めから知っている。それを知らぬのはただチョコをもらうだけの男たちだけなのだ。







その日先導アイチは小さな箱を大事そうに胸に抱えとある場所を目指していた。
その心中は走ってもいないのに全力疾走した後のように心臓をバクバクとさせていた。
頭の中では前日の夜から考えてることを何度も何度も巡らせてまるで出口のない迷宮に迷い込んでしまったかのように同じことをずっと考え続けていた。

それはこれから行く場所で自分を待っていてくれる最愛の恋人。といっても彼の恋人は異性ではなく同姓、つまりは男なのだ。雀ヶ森レン。それがアイチの恋人の名だった。

付き合い始めたのはほんの半年ほど前。全国大会が終わってすぐにアイチはレンに呼び出された。そこで彼は自分を救ってくれたお礼と共に熱烈な愛の告白をされたのだ。当然アイチも最初は酷く戸惑って全力で首を横に振って断った。だが、レンの自分への真摯な気持ちと自分の中にもレンを好きだという気持ちがあることに気づきアイチは顔を真っ赤にさせおずおずとレンの差し出した手を取ったのだ。

そして、今日はバレンタイン。二人が付き合い始めてから迎える最初のイベント。

しかもアイチにとっては初めての恋人でその人にチョコを渡すという初めて尽くしということもあってアイチは二重三重にも緊張して当然なのであった。
だが、そうこうしている間にアイチの目の前には天高くそびえ立つ高層ビル。チームFF本部。いつの間にか目的の場所に到着していた。アイチは門のところで簡単に手続きを済ませ中へと入る。中に入る前に一度深呼吸をしてから自動ドアの前に立った。


本部の中ではFFたちが慌ただしく走り回っていた。右へ行ったり左へ行ったりと落ち着きないことこの上ないがどの人にも共通するのは全員が手に大きな段ボールの箱を抱えているということだ。中身は見えないけれどアイチは僅かに見えた可愛らしいリボンで飾られた箱を見てそれがチョコであるだろうと思った。そして、それが誰に宛てられたチョコであるのかも。
本部のロビーを抜けてエレベーターへ向かうとその前で見慣れた後ろ姿を見つけてアイチは声をかけた。

「こんにちは。テツさん、アサカさん」

「ん?..!!せ、先導アイチ!!!」
「先導....」

後ろから声をかけられ二人は
ほぼ同時に振り返った、だが二人はふいに訊ねられて驚くというよりも明らかに取り乱しアサカは顔を真っ青にして眼を泳がせているしテツもいつも以上に眉間にシワを寄せている。

アイチはおかしいと思い二人に聞いてみた。
「どうかしたんですか?二人ともなんだか慌ててるみたいですけど」
「べ、別に慌てたりなんかしていないわよ!!!そうよね、テツ」
「...そうだな。いつもと何ら変わりない」

本人たちは否定するがやはりいつもとは少し違うと感じたアイチは少し考えてみた。すると、アサカが自分に見えないようになにかを後ろ手に隠していることに気づく。テツも同様だった。だが、物自体は隠れているがやはり背中から僅かにはみ出たリボンを見てアイチは二人がなぜ慌てたのかがわかった。
アイチは苦笑を漏らした。

「ごめんなさい、お二人とも。僕二人に変に気を使わせちゃいましたね」

「な、なんのことかしら」

「その後ろに隠してるのチョコですよね?...たぶんレンさん宛の」
「気づいていたのか...」

ずばりアイチに言い当てられた二人は渋々といった様子で隠してあったものを出した。
それはやはりここに来てからたくさん見ていた可愛らしくラッピングされたチョコの入った段ボールだった。

「毎年この時期はこうなのよ。どこの誰かもわからないような女たちからレン様宛にチョコや手紙が本部に届けられるの」
アサカは呆れたようにこめかみに手をあてため息をついた。
「毎年こんなに贈られてくるんですか?」
「いや。今年は昨年より3割増だな。全国大会のこともあってかさらに増えた」
テツもどこか疲れたような顔でチョコの山を見ていた。
FFのトップAL4のメンバーでありレンの一番の側近でもある彼は恐らく毎年贈られてくる大量のチョコの対応を一人で仕切っているのだろう。さすがに慣れもするだろうがそれでも疲れの色は隠せていなかった。

「先導アイチ...レン様がおモテになるのは今に始まったことじゃないわ。レン様にとってはこんなチョコもらったって意味なんてないんだから」
「..はい。大丈夫です。なんとなくわかってたことなので...心配してくれてありがとうございます、アサカさん」
アサカは照れたようにそっぽを向いた。

この二人はレンとアイチが恋人関係であるということを知っている。きっとレンが話したんだろう、アイチのことを守ってほしいというレンなりの配慮だ。
それを知った時アイチはますますレンのことが好きになった。

3人は到着したエレベーターに乗り込み途中の階で二人は降りた。
「先導。今の時間ならばレン様はおそらく自室にいらっしゃるだろう」
「いいこと?あなたもちゃんとレン様に渡すもの渡しなさいよ?」
「えっと、はい、わかりました...」

ドアが閉まり再びエレベーターが動き出すと最上階で停止する。アイチはエレベーターを降り伝えられたようにレンの自室へと向かう。
最上階は当主であるレンの自室と執務室、あとは小さな部屋がいくつかあるだけだから迷うことはない。確かな足取りで廊下を歩き目的の部屋の前で止まる。
本部に入った時と同じく深呼吸を数回してからアイチはドクドクと脈打つ心臓を落ち着かせる。
胸に抱えた小箱をぎゅっと抱き息を整えアイチはレンの部屋の扉を叩いた。

「はい、どうぞ。開いてますよ」
すぐに中から部屋の主の声が返ってくる。
アイチは扉を少し開け隙間から頭だけ出して中の様子を確認する。
「こ、こんにちは。」
「あぁ、アイチくんでしたか。どうぞ、早く中に入ってください」
「し、失礼します...」

促されアイチは部屋の中へと入る。中ではレンがソファに座ってくつろいだ様子でこちらを見ていた。
少し気だるげな感じも黒のシャツの胸元から見える鎖骨も全てが整っていてそれはますますアイチを緊張させていく。


アイチはまた早鐘のように鳴り出した心臓を押さえながらレンの元へと歩み寄る。その距離が縮まっていくほどにアイチの胸の高鳴りは大きくなっていた。

「いつもこんな所まで越させてしまってすみません。外寒かったでしょう?」
「い、いえそんなには...それにここへは僕が好きで来ているので...」

レンはソファに座ったままアイチへと手を伸ばす。それだけでアイチはレンの方へと自ら近づく。
アイチが自分の横に立った頃くらいまで近づいたところでレンはアイチの細く華奢な腰を自らの方へと抱き寄せた。
アイチはバランスを崩しそのままレンの膝の上に乗るような格好になる。

「れ、レンさん..!!」

「やっぱり体少し冷たいですね。今度からは本部に来る時には車で送迎させましょう」
「だ、大丈夫です!!!一人で来られますから!!!」
「僕が大丈夫じゃないんだよ。道すがら僕の大事な恋人に何かあったら大変でしょう」

少し上目遣いで見上げてくるいたずらっ子のような瞳にアイチは恥ずかしくなって顔を真っ赤にして背ける。本当は俯きたいところだが今の態勢では顔を下に向けたら余計にレンとの距離が近くなってしまう。
そんなアイチが可愛くてしょうがないのがレンは腰を抱く腕を強め綺麗な顔で笑いかける。

「ところで今日はちゃんと用意してきてくれたみたいだね」
「えっと....は、はい...////」

アイチは未だに胸に抱えたままの小箱をおずおずとレンに見せた。それを見たレンはさらに笑みを深める。


二人にとって初めてのバレンタイン。どちらも女の子ではないため本来ならどちらもがもらう立場にある。だが、それではあまりに味気ないイベントになってしまう。
そこでレンはアイチにこう提案したのだ、『好きな人にチョコを渡す日だと言うなら僕たちはお互いにチョコを用意してそれを交換しませんか』と。
この提案にアイチはすぐに頷いた。初めはどうしようかと考えていたがこの提案のお陰でバレンタインが意味のある日になれたのだ。


レンはアイチをソファに降ろし棚の方へと向かう。引き出しを開けて中から白の包装をされた真っ青なリボンのついた四角い箱を持って戻ってきた。
アイチの隣へと腰掛けレンは今しがた持ってきたそれをアイチへと差し出した。

「はい。これが僕からアイチくんへのチョコです。」
「ほ、本当に僕がもらってもいいんですか..?」
「もちろんです。君のために用意したものなんですから。受け取ってくれるかい?」
「は、はい!!い、頂きます...!!!」

アイチは自分の方へ差し出されたチョコを両手で丁寧に受け取った。
チョコの入った箱はそんなに重くないはずなのに、持った瞬間なぜだかとてもずっしりと感じた気がした。
アイチはもらったチョコをまじまじと見つめ徐々に実感も湧き嬉しくなったのかレンからのチョコを大事そうに胸にぎゅっと抱えた。
レンが自分のことだけを考えて自分で選んでくれたチョコ。それはとても貴重でこれまで感じたことのない喜びをアイチに思わせた。

「で、それが君が僕にくれるチョコなのかな?」
「は、はいっ!!!!あの...そんなに良いものじゃないかもしれないんですけど....」

言われてアイチはレンのチョコを膝に置き自分の横に置いていた箱を手に取った。
それはレンがくれたチョコと全く正反対で楕円形の丸みのある箱に黒の包装がなされリボンは真っ赤なもので包まれていた。

「あ、あの、もしかしたらレンさんの口に合わないかもしれないんですけど...というか、レンさんと比べたら本当に大したものじゃないんですけど....」
「なに言ってるんですか。アイチくんからの贈り物が大したものじゃないわけないじゃないですか」

それを聞いてアイチはまた頬を赤らめたが下を向いてしまう前にレンにチョコを差し出した。
差し出されたチョコを受け取ったレンはしばらくそれをじっーと見つめていた。

「あ、あんまり見ないでください..////..は、恥ずかしいので....」
「恥ずかしくなんてないですよ。ただやはり嬉しいものですね、恋人からもらったチョコというのはそれだけで特別なものですし」
「本当に大したものじゃないんです...僕のお小遣いだとそんなに高いものは買えなくて....」

アイチもレンに良いものをあげたかったからそれなりにたくさん悩んだ。ただやはり中学生の手持ちなど微々たるものでその中でやりくりするのは中々に大変だった。
レンからもらったチョコはどこから見てもブランド物のようで明らかに自分のよりも高いのがわかる。それだけでアイチはレンに申し訳ない気持ちになった。
「別に高くても安くてもどっちでもいいんですよ。アイチくんからもらった、というのが大事なんですから」
レンは空いた手でアイチの頭に手を置き優しく撫でる。
くすぐったさもあったが、それよりも安心と気持ち良さの方が勝っていた。

「これ開けてもいいですか?」
「もしかして今食べるんですか?」
「確かにせっかくのアイチくんからのチョコですし勿体ない気もしますが...やはり我慢できないので」
「あ...えっと...め、目の前で開けられると恥ずかしいです...//////」
「うーん...では、アイチくんからお先にどうぞ。」
「えっ!?僕ですか!!?」

まさか自分に返ってくるとは予想していなかっただけに驚いてしまったが、レンの何かを期待するような眼差しに押されアイチは渋々レンからもらったチョコを食べるため箱に巻かれたリボンを解いた。

包装紙を広げれば中の箱も真っ白で所々に青の雪の結晶の模様が散りばめられていた。アイチは箱を膝に置き蓋を取る。
中には苺をチョコでコーティングした可愛らしいチョコが並んでいた。蓋を開けた瞬間から香る苺の甘酸っぱい匂いとチョコの甘い匂いが溶け合ってアイチの鼻をくすぐる。
「どうですか?前にアイチくん苺が好きだって聞いていたので真っ先にこれに決めたんですよ」
「すごく嬉しいです....嬉しくて食べるのがもったいないくらい..」
「ふふっ、そうですよね。でもやっぱり味の感想も聞きたいですね」

食べてくださいとレンに促されアイチはもったいない気持ちもしたがチョコを一粒取り口に含んだ。
「うわぁ..!レンさん!!!すっごく美味しいです!!!」
「そうですか、アイチくんに喜んでもらえてよかったです」
アイチ同様にレンも嬉しそうな顔で笑った。
口いっぱいに広がるチョコと苺の甘さでアイチはとても幸せな気分になった。だけど、やはりこれ以上はもったいないので家に持ち帰って大事に食べようと思った。
「それじゃあ、僕も...」
「あっ!!れ、レンさん、ちょっとまっ...!!!」
アイチが制止する間もなくレンはアイチのチョコが入った箱を結んでいたリボンを解いた。
アイチは一連の動作を直視できず下を向く。
レンは紙を広げ静かに蓋を取り去った。
「これは.....」
「ご、ごめんなさい...そんなので...」

アイチからレンへ贈られた箱の中にはココアパウダーの振りかけられた生チョコのトリュフが入っていた。
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