満月

□それは虚無という名の
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虚無の力を使うレオンくん。
禍々しいその力は圧倒的な闇の力で僕たちのいるこの空間にも影響を及ぼし始めている、このままじゃ惑星クレイも地球も危ない。
僕は彼とのファイトを受けた。だけど、ファイトが進む中で僕は自分の中の変化に気づいた。
僕たちの周りに漂っていた虚無がいつの間にか僕自身の体に絡み付いてきていた。それは少しずつ濃くなっていき、次第に目の前も暗くなっていく。ファイトに集中しなくちゃいけないのに自分の体が重くて思うようにファイトができない。
そして、僕はとうとう重たくなった自分の体を支えられずに倒れてしまった。
全身に力が入らず意識も朦朧としている。でも、それでも僕の心にはまだ確かな意思がある。僕は戦いたい。みんなの為。ロイヤルパラディンの仲間を取り戻す為。僕はまだ倒れるわけにはいかない。
そんな僕の気持ちとは反対に体は未だに重いまま。閉じた瞳の奥、暗く閉ざした視界の中気づくと僕は自分以外誰もいない真っ暗な場所にいた。立ち上がろうと必死に重い体を動かそうとしていたら目の前に誰かの足もとが見えた。だけど、見上げる気力もなくて僕はただ目の前に立つ誰かの靴を見ることしかできない。そしたら上から聞き馴染む声が降ってきた。
「戦いたいの?アイチ・・」

聞こえてきたその声は少し高めでまるで大切なものに触れるみたいに優しい、だけど何処か狂気を含んだ声・・・・僕とまったく同じ声。
僕が動けないのをわかっているのか相手はしゃがみこんで僕の顔を覗きこんできた。
そこにいたのは僕だった。同じ声どころか同じ顔、同じ髪、同じ服をした僕が笑って僕のことを見ている。唯一違うのはその瞳。青の瞳に浮かぶ虹色の光彩、時折見える陰りは見覚えのある色。それは以前PSYクオリアに溺れていた僕――――。
僕が少なからず驚いていると目の前の僕が話しかけてきた。
「ねぇ、アイチ。戦いたいんだよね?レオンくんに勝ちたいよね?だったら僕が力を貸してあげる」

目の前にいる僕は酷く楽しそうな様子だった。
だけど、僕はすぐにそれを否定した。
「だ・・だめ・・・・僕は、自分の力でレオンくんに勝ちたい・・・」
もう一人の僕は一瞬目を見開いた後声を上げて笑った。
「おかしなことを言うね、僕だってアイチだよ?つまり僕の力は君の力も同じじゃないか」
「それは・・・・・」
確かに目の前で楽しそうに笑っているのも僕だけど僕の前にいる彼は黒い霧のようなものをその周りに纏っている。それは今まさに僕に絡み付く虚無と同じものに感じた。
僕が黙っているともう一人の僕は倒れている僕を抱き上げその腕の中に収める。優しく抱き締めて片手で僕の髪を一房すくいあげる。それを自分の口許に持っていくと彼は愛おしそうにキスをした。
「アイチ。もうアイチが苦しむことなんてない。泣く必要なんてない。戦うことも・・・・あとは全部僕に任せてアイチは休んで。ねっ?」
「それはだめ・・っ!!僕は最後まで戦いたい・・・自分の道は自分の手で切り開くって、そう櫂くんと約束したから」
櫂くんの名前を出した途端もう一人の僕は冷めた顔をし僕を抱く腕に力がこもる。
「その櫂くんは結局無様にレオンくんにやられちゃったよね。彼の言う道はもう途絶えちゃったんだよ」
その言葉に僕は僅かな力を振り絞ってもう一人の僕の体を突っぱねた。
「そんなことない!!!櫂くんは言ってくれた、進み続けたこの先に道は必ずあるんだって!!!だから僕はそれを信じて前に進む!!!!切り開いた道の先で櫂くんと交差するために!!!・・うっ・・・」
いきなり大きな声を出したから僕は軽い貧血を起こしてしまう。頭を押さえて目眩が治まるのを待っているともう一人の僕が高く笑った。それは明らかな嘲笑だった。
「ははははっ・・・ふふふっ・・・・あー、アイチは本当に可愛いなぁ。本当・・・櫂くんにはもったいなさすぎるよ」
「えっ?・・・んむっ・・・!!」
聞き返そうとしたらもう一人の僕はもう一度僕を引き寄せその勢いのまま唇を重ねてきた。突然のことに頭が真っ白になった僕は抵抗もできずに同じ顔の自分にされるがままキスを受け入れていた。
「・・っく・・・・ん・・・ぷは・・・・・んん・・」
「んっ・・はぁ・・・・・アイチ、可愛いアイチ。この先どれだけ歩き続けたってアイチの作る道の先には櫂くんはいないよ」
「はぁ、はぁ、・・・・え・・」
僕は荒い息を吐きながらすぐ目の前にある自分の顔を見る。その顔は優しいとも残酷ともとれる笑顔だった。
「だって僕たちと櫂くんの道は最初から交わることなんてないんだから。彼がかげろうと一緒に記憶を失ったその時から、ね。」
「で、でも櫂くんは道はいつか必ず交わるって・・・」
「そんな嘘をずっと信じてたの?本当にアイチは可愛いんだから」

櫂くんが嘘をついていると笑いながら言う僕に僕は何も言えなかった。否定したいのに言葉が出てこない。僕が茫然としているともう一人の僕は優しく僕を抱き締めた。
「大丈夫だよ。彼はもう用済みだからね、アイチには僕だけいれば何も問題ないよ」
「けど・・・・」
「アイチを苦しめるものも傷つけるものも全部僕が排除してあげる。アイチは何も心配しなくていいから、ただ眠っていていいんだよ」
彼は僕の眠りを促すように背中を優しくさする、そうされると本当に眠くなってきた。一度覚醒させた意識が再び沈み始める。僕は閉じようとする瞼を頑張って押し上げる。
「いいよ、アイチはもういっぱい頑張ったでしょ、ずっと・・・ずっーと・・・」
「・・・僕は・・・」
「大丈夫。次にアイチが目を覚ました時には君に最高の居場所を用意しとくから、だからそれまでは・・・・」
抵抗も空しく僕の目は完全に閉じきり意識も消えかかっている。最後薄れていく意識の中で僅かに見えたのは優しそうに微笑む自分の顔。その顔を最後に僕は意識を手放した。





「おやすみ・・アイチ・・・」
眠りに落ちたばかりの愛しい片割れを抱きその額におやすみのキスを落とす。
そのまま静かにアイチを床に横たえてから『僕』は立ち上がる。
「心配しないで、アイチ。次に君が目を覚ました時君は惑星クレイを導く先導者として全ユニットの頂点に立つ存在になる。圧倒的な力で全てを従える絶対の王。僕が君をそれにしてあげるよ」
『僕』は眠るアイチをそのままに歩き出す。しばらく歩いていると景色が変わり気がつけば目の前には虚無の力を纏う蒼龍レオンが立っている。
『僕』は自分の手を見つめ何度かぐーぱーと握ってみる。確かに自分の体として馴染んでいることを確認してから『僕』は笑ってレオンくんを見据えた。

さぁ、ここからが本当のファイト。君の絶望の始まりだ。君はアイチの為に無様に負けて僕を楽しませる為にその顔を苦痛で歪ませる。
楽しくてしょうがないね。
それじゃあ始めようか。





僕のスタンドアンドドロー。

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