庭球王子

□眠り姫
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4月も末、桜の花弁がまるで雨のように降る裏山で千歳はふと足を止めた
桜の木の下に人影が一つ。
気の幹に身体を預けてぴくりとも動かない

不安になった千歳は早足でその人影に近づいた
近くで見ればその人は同じクラスのみょうじなまえだった

規則正しい寝息を漏らし、なまえは眠っている
傍らには読みかけの本が落ちていた

いつからそうして居たのだろう彼女の頭には花びらがいくつもついている
西日が木の枝の間から降り注ぎそこだけまるで別の空間のような錯覚に囚われる

「みょうじ、起きなっせ」

時計は4時を回り、太陽も西へ傾き始め風も少し冷たくなってきている
そんな中で眠っていたら風邪をひいてしまう。
そう思って千歳はなまえの肩を軽く揺らす

「起きなっせ。こぎゃん場所で寝とったら風邪引くばい」

ぐらぐらとなまえの身体が揺れる度、積もった花びらがひらひらと散る
なまえの唇が軽く開き息が漏れた
そして睫毛が震え薄らと目が開いた

「ん……んー……?」

寝ぼけている様子で目を擦り、目の前に居る千歳の顔をまじまじと見つめている

「あ、れ……?千歳くん……?」
「目ぇ覚めたと?」
「んー……私、寝てた……?」
「しっかよか寝とったばってん、風邪ば引くと思って」

段々と意識が覚醒してきたのかなまえは数回瞬きを繰り返し
そして顔を赤らめた

「わ……やだ、恥ずかしい」
「なんしそげんこと言うとね」
「だって、こんなところで眠っちゃって、それに、千歳君に迷惑掛けちゃった」

なまえは落ちていた本を拾うとハードカバーの裏に顔を隠してしまう

「そぎゃんことなか。俺が好きでした事ばい。それに、こげん陽気だけん眠なるんは俺も同じたい」

なまえと視線を合わせるように屈みこんでその頭をくしゃくしゃと撫ぜるとなまえは顔をあげて千歳を見る

「千歳君はどうしてここに?」
「散歩たい。森の主ば探しとったばってん」

千歳は一旦言葉を止めてなまえを見つめる
千歳の視線になまえは首を傾げた

「こぎゃんむぞか眠り姫さんに会えるとは思いもせんかった」

千歳の呟きはなまえの耳に届かなかった
そうして立ち上がった千歳がなまえに手を差し出してくる
その手を取りなまえも立ち上がると制服に付いた桜の花びらを手で叩き落とす

「校舎まで一緒に戻らんね?」

千歳の提案になまえは小さく頷いた
ふわりと風に乗って花びらが降る

「んなら行くたい」
「うん」

素直に頷くなまえに千歳の口元が緩む

「ほんにむぞらしかね」
「?」
「気にせんでよかよ」


ふらりと立ち寄った裏山で出会ったのは森の主ではなく
眠り姫だなんてロマンチックやなあ、と後に白石に笑われた

そんな眠り姫は、今も千歳の隣で規則正しい寝息を立てている
あの時と同じ寝顔で

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