庭球王子

□fake talk
1ページ/1ページ

登校時間より1時間ほど早くなまえは電車を降りた
通学ラッシュに巻き込まれないようになまえはいつも早めの電車に乗る
学校までの道のりでなまえは見慣れた後姿を見つけた

「ヒロ、……柳生君」
「おや、みょうじさん、おはようございます」
「おはよう、柳生君」

なまえの声に一度立ち止まりくるりと振り返った柳生が
なまえを見てそっと笑みを浮かべる

「貴女はまた、ヒロくん、と呼びそうになりましたね」
「うん。ごめんなさい。小さい頃の癖って中々……」
「いえ。今は校外ですから、構いませんよ」
「ホントに?」

なまえの問いに、柳生はええと頷いて見せた。
なまえと柳生は所謂幼馴染で、以前は下の名前で呼び合っていたが、中学に上がるに伴い
学校ではお互い「みょうじさん」「柳生くん」で呼び合う様になった


紳士と呼ばれる柳生が、女子と二人で歩いていたとしても特に噂にはならない
それもあり、二人が幼なじみであることに気付く人はいなかった

「そう言えばなまえ」
「うん」
「最近、仁王くんと仲がよろしいようですね」
「そう見える?」

少し前を歩く柳生を見上げなまえは首を傾げる
仁王よりもわずかに高い身長が彼が仁王ではないことを告げている

「ええ。私には仲睦まじい恋人同士のようにも見えますが」
「そっか、それならいいんだ」
「おや、お二人はやはり付き合っているんですか」
「秘密」

人差し指を唇にあててなまえが笑う

「そうですか。それは残念です。なまえもついに私に隠し事をするようになってしまいましたか」
「ふふ。ごめんね。仁王くんの名誉のためだから」
「仁王くんが何か迷惑をお掛けしているようですね」
「ううん。迷惑じゃないよ。私も楽しいから」

ややあって二人は校門をくぐりそれぞれ教室と部室に向かうため別れを告げた

・・・

「次の日曜は暇かのう」

放課後、仁王が部活に行くまでの僅か数分
仁王はなまえの机に片腕をついてそう尋ねる

「うん。大丈夫」

仁王を見上げてなまえは答えた

「なら、一緒に散歩でも行くか」
「うん。いいよ」
「じゃあ、土曜の夜にでもメールするよって」
「わかった。部活、頑張ってね」

なまえがひらひらと手を振ると仁王も軽く手を振り返して教室を出て行った



待ち合わせは駅
待ち合わせ時間の10分前になまえが駅に着くとそこには既に仁王の姿があった

「待った?」
「いや。俺も今来たところじゃき」
「そう……、よかった。ところで、今日はどこに行くの?」
「秘密じゃ」

そう言って笑った仁王はなまえの手を取ると改札を潜った
電車に乗り、少しした頃窓の外に海が見えてくる

「海?」
「そうじゃ」

目的の駅に着いたのか仁王は座席から立ち上がりなまえを引っ張るように下車する
しばらく歩けば海岸線に出た。浜辺に降りた仁王を追ってなまえもゆっくりと波打ち際へ近づいて行く

「誰もいないね」
「時期じゃないからの」
「二人だけだね」
「そうじゃの」

眼前に広がるのは果てしなく続く砂浜と海
そこに居るのはなまえと仁王だけ

「俺は暑いのが苦手じゃからの、こう言う暑くも寒くもない時期が一番好きぜよ」
「そうなんだ。でもそんな感じする」

寄せては返す波の音を聞きながらなまえは微笑んだ

「さて、帰るか」
「え、もう?」
「海じゃ特にすることもないじゃろ」
「見にきただけ?」
「そう言う事」

口の端を上げて笑う仁王になまえは小さく息を吐いて苦笑を浮かべる
まあいいかと呟いて、砂浜を離れる仁王の後を追い掛けた

元来た道を戻り、電車に乗り最初の待ち合わせ場所に再び戻ってきた頃
ポツリと空から雫が一粒
それを合図に雨が降り出した

「わぁ、雨降って来た」
「雨宿りするか」
「傘、持ってきた」
「流石じゃの」

鞄から折り畳み傘を取り出して仁王に差し出した
その動作に彼が一瞬動きを止めた

「どうしたの?」
「いや」
「家、行く?」
「おう」

小さな折りたたみ傘に二人並んでなまえの家への道を歩く
傘に当たる雨音をBGMに特に何を話すこともなく、10分もしないうちになまえの家へ到着した
玄関先で傘を畳み、仁王を振り返る

「わ、右肩、すごい濡れてる。ごめんね、気付かなくって」
「構わんよ。そう言うお前さんの左肩もぐっしょりじゃろ」

お互いに入りきらなかった肩の部分が雨によって濡れてしまった
なまえよりも仁王の方がその被害が大きい
髪の毛も薄らと水を含み、銀色がより濃くなってなまえは一瞬目を引かれた

「ううん。私の方はそこまででもないよ、仁王くんのおかげで」
「そうか、ならよかった」
「シャワー、使って。冷えたら大変だよ」
「おう、じゃあ、お言葉に甘えるかの」

玄関を上がり、バスルームへ案内する
仁王が脱衣所に入るのを見送って
なまえは暖かいココアを用意しようとケルトの電源を入れた

その間に自分も濡れた服を着替え、バスタオルで濡れた髪を拭う

丁度、カップにお湯を注ぐ頃、仁王がシャワーから上がってくる

「甘い匂いがするの」
「ココア、入れたよ。コーヒーの方がいい?」
「いや、ココアでいいぜよ」

タオルを肩に掛けた仁王がなまえの手元を覗き込む

「お部屋、行こう」
「おう」

ココアを乗せたトレイを手になまえは仁王と自室へと戻る
テーブルを挿んで向かい合い座った
ココアに口を付けながらなまえはテレビの電源を入れる

「すまんかったの」
「なにが?」
「いや、折角の休みなのに遊びにも行けなくなって」
「雨が降ったのは仁王くんの所為じゃないよ」

仁王を振り返ってなまえが言う

「それに、海に行ったよ」
「行っただけじゃろ」
「でも楽しかった」
「何じゃ、お前は俺を甘やかしてどうするつもりぜよ」

困ったような笑顔で仁王はなまえの髪をくしゃりと撫でた

「ふふ。甘やかされてるのは私の方だよ」

仁王を見上げなまえは微笑んで言うと、彼の手を取ってそっと眼前へと導いた


「どうして仁王くんは、お姉ちゃんを好きになったの?」
「なんじゃ急に」
「だって、1学年上の、しかも男女なんて大して接点がないから」
「そうじゃの、先輩を好きになったのは俺が一年の夏頃かの」

あの日は、朝からあまりいい事がなくて部活でも練習試合にぼろ負けし
挙句の果てに帰り際に大雨に降られた最悪の日だった、と仁王は苦笑した

「昇降口でどうやって帰ろうか迷ってた時にの、先輩が俺に傘を貸してくれたんじゃ」

『よかったらこれ、使って』

そう言って差し出された薄桃色の傘
その傘を差し出した本人は鞄から折り畳み傘を取り出して昇降口を出て行ってしまう
彼女が小走りで駆け寄った先には彼女と同じ身長くらいの薄い水色をした傘を持った女子生徒
その顔は傘の影で見えなかった

その後、その一部始終を見ていたクラスメートからその人の名前が『みょうじ先輩』であることを教えられた

「アホらしいとは思うが、それが好きになったきっかけぜよ」
「仁王くんて、案外単純?」
「なんとでも言えぃ」

苦笑にも似た笑みを浮かべる仁王が唇を尖らせて言った

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ