庭球王子

□変わるまで
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それからもなまえはテニス部に顔を出していた
真田に叱られないようになるべく厚着していない

そして今日もなまえはジャージを脱いでロッカーへ仕舞うとカイロをポケットに忍ばせ外に出る

「おう、みょうじもう慣れたもんじゃな」

そう声を掛けたのはジャージのファスナーを上げてポケットに手を入れ猫背になった仁王だった

「うん、今日はそんなに寒く、ないよね」
「はぁ?」

仁王は驚いて声を上げた

「え、あれ、私変なこと言った?」
「お前、ちょお熱計って来んしゃい」
「え?熱なんて、ないよ、大丈夫だよ」

なまえは首を傾げ仁王を見上げた
そんななまえの額に仁王が手を伸ばそうとしたところで
真田が現れた

「お前たち、何をしている」

どこか苛立ちを含んだ声に仁王がちらりと真田の方を見て
薄らと笑みを浮かべた

「お、真田。丁度ええ所にきた」
「む」

なんだ、と言う顔で仁王を見る真田の前になまえを差し出した

「ちょお、熱があるみたいじゃ、俺が言うても聞かんからの。真田、任せたぜよ」

それだけ言うと仁王は「寒い、寒い」と言ってテニスコートへと姿を消す

「あ、真田君、私、熱とかないと、思う」

なまえの言葉を遮って、真田はなまえの額に掌を当てた
その熱に真田は呆れたように息を吐いてなまえを見る

「仁王の言うとおりだ」
「……?」

仁王の言うとおり、と言う事はなまえは熱があると言う事だ
それを理解した途端、足元がくらくらと揺れ
発熱時の倦怠感がなまえを襲う

立っているのがつらくなりなまえはふらふらと地面に崩れ落ちそうになった
そこを真田に支えられる
自分の腕の中でぐったりとするなまえを見下ろし、真田はもう一度息を吐いた

「真田、聞いたよ、みょうじ熱があるんだって……」

幸村が真田たちの方へやって来たが
真田の腕に支えられたなまえを見て苦笑を浮かべた

「すまんな幸村。俺はこいつを保健室へ運んでくる」
「ああ。頼んだよ」

そう言って真田はなまえを背負った

・・・
なまえをベッドへと寝かせて額に掛かった髪を梳いて
露わになった白い肌にそっと掌を重ねる
規則正しい寝息を聞きながら、なまえの顔にそっと自分の顔を近づける
あと十センチほどで唇が触れる距離

薄らと開いたなまえの唇から漏れる息
震える睫毛に真田はハッとしてなまえから離れる

「っ、」

片手で口元を覆い真田はなまえから顔を逸らした

カラカラと窓が開く音に真田はベッドを仕切るカーテンから顔を出しそちらを覗く
仁王が上半身だけを保健室に乗り入れていた

「仁王、何をしている」
「いや。幸村が今日はこのままみょうじを帰したほうがええじゃろっての」

なまえの荷物を持って来た、と仁王が真田にそれを放って投げる
そして、もう一つ持っていた荷物も投げてよこした

「む、何故俺の荷物まで」
「せっかくだから送っててあげなよ」

幸村の声色と口調を真似た仁王がそう言ってにやっと笑う

「あとな、体調管理がなってないなんて怒りなさんなよ」
「何を」
「みょうじはな、お前に怒られたくのうて毎日あんな薄着でおったんじゃからの」

本当は俺と同じくらい寒がりなのに可哀想にのう、と真田を責めるようなからかう様な口調に
真田が何か考えるように唇を真一文字に結んだ

「じゃあ頼んだぜよ」

ひらりと手を振った仁王は来た時と同じように窓を閉めて姿を消す

グラウンドに響く運動部特有の掛け声と、時折廊下を行き来する女子生徒達の声を聞きながら
真田はじっとなまえの傍らに座っていた
30分ほど経った頃なまえが小さく身じろいでゆっくりと瞼が上がる

「目が覚めたか」
「……あ……、真田君……」

なまえはまだぼんやりとする思考で真田の顔を見つめながら
自分が部室の前で倒れたのだと思いだす

「ごめんなさい、迷惑かけて」

真田の顔を正面から見ることが出来ずに掛け布団を鼻の辺りまで上げると
消え入りそうな声で呟いた

そんななまえを見て真田は小さく息を吐く
呆れられた、となまえは悲しくなり唇を噛んで目を伏せたが
なまえの額に伸びた真田の手は優しかった

「先程よりは熱は下がったな。体調の方はどうだ」

思いもよらぬ真田の言葉になまえは驚いて顔を上げた

「あ、うん……さっきよりは楽になった……かな」
「そうか。今日はこのまま帰れと幸村が言っていた」
「うん、そうする、」

なまえは起き上がるとベッドの脇に置いてあった自分の鞄を手にとると立ち上がった

「じゃあ、迷惑掛けてごめんなさい、あと、ありがとう」

真田にそう告げたなまえはゆっくりとした足取りで扉へと向かう

「待て」

なまえの背に声を掛けた真田は仁王が投げてよこした鞄を持つと
大股でなまえに近づいて彼女の持つ鞄を半ば奪う様に取り上げた
その行為になまえが反応出来ずにいると、今度は自分のジャージを取り出した真田が
それをなまえの肩に掛けた

「まだ熱がある。制服の上からそれを着ておけ。それと……、そんな状態のお前を一人で帰すわけにもいかん」
「……真田くん……?」
「送ろう」

短くそれだけ言うと真田は帽子を深めに被ってしまい
表情を窺う事が出来ない
それでも彼の足取りは確かになまえを気遣うようにゆっくりとしていて
なまえは自然と笑みが零れる

「ありがとう、」
「礼などいらん……それに、お前に大分無理をさせていたようだな」
「無理だなんて別に、テニス部に顔を出してたのは私がしたかったことで」
「そうではなく。仁王に言われた。お前は俺に叱られるのが嫌で毎日薄着でいたのだろう」

真田の問いになまえは何度か瞬きをした後
小さく首を振った

「最初は、真田君に怒られるのが怖かったのは本当だけど、でもみんなが頑張ってるから、私も頑張りたいって思って」
「頑張るのはいいが、無理はするな。これから、無理せず暖かい格好をしてこい」
「でも」
「お前が頑張っているのは皆知っている」

立ち止まった真田になまえも立ち止まり真田を振り返った
その顔は少し困ったような照れたような表情を浮かべていた
夕日を浴びた所為か赤味がかったその顔になまえは熱のせいだけではない頬の熱さを感じた

「お前に倒れられては、困る」

真っ直ぐなまえを見据えそう言った真田の瞳は真剣で
なまえはただこくりと頷くしかできず
じわじわと上がる熱を誤魔化すように鞄を抱いた

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