式神のべる

□魔法の効果は一日だけ
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「これで…全部なはず」

 本日一日分の荷物を病院のベッドの上に置き、月子は独りごちた。
 年に一度の、特別なこの日だけはどんな手段をもってしても(とは大げさかもしれないが)外出許可を取り外出する。

「月子ちゃん、時間は大丈夫?」

 顔見知りの看護士が気を使って声をかける。
 その声に月子は棚に置いている時計を見、慌てて荷物を持つ。

「ありがとう、時間ギリギリだったわ」

 看護士に礼を言い、月子は早足で部屋を退室する。
 今日は少しも時間を無駄にできない。
 だって今日は彼女の大切な兄弟の誕生日なのだから。

 寒かったり暑かったりと気温の上がり下がりが激しい今年の4月だが、今日は少々暑いといった程度で過ごしやすい一日になりそうだ。
 上着は薄いカーディガンにワンピースといった格好で、月子は教えてもらった住所へと足を進める。
 と、その住所である探偵所の扉の前に見知った人を見つけ、彼女は歩を止めた。
 目を引く長身に、少し長めの色素の薄い髪、整った顔を今は陰らせているその人物は

「シン兄…?」

 行方不明になっていたはずの玖珂光太郎の兄であり、月子の義兄でもある、玖珂晋太郎だった。
 声に気づき、彼が振り向いた。

「やぁ月子。 調子はいいのかい?」

 見慣れていた、昔のままの柔和な笑みを浮かべ、問うてくる。

「ええ、それよりもシン兄」

 月子が言葉をつむぐよりも早く、探偵所の扉が開く。
 そこから現れたのは、玖珂光太郎だった。
 外の会話を聞きつけてきたのだろうが。

 「月子! それにシン兄も…!」

 突然尋ねてきた妹と兄の姿に、光太郎はしばし止まる。
 月子はともかく、もう会えないと思っていた兄がその場にいたからだ。

「やぁコウ。 変わらず元気みたいで安心したよ」

 晋太郎は驚いた顔のまま立ち尽くしている弟をよそに、マイペースに持っている小包を掲げる。

「ほら、おはぎ作ってきたんだよ。 一緒に食べようと思って」

「あぁ、それは嬉しいんだけどさ、まぁ入って。 今は所長も仕事ででていって俺一人なんだ」

 光太郎に促されるまま、晋太郎と月子は事務所へと入った。
 そこそこの広さもあり、書類やパソコン、参考資料などが雑多におかれ生活感がにじみ出ている。

「好きに座ってくれ」

 そういい残し、光太郎は入り口近くにある台所へと引っ込んでいった。
 ほどなくしてお盆にお茶を乗せ、ソファへと戻ってきた。

「お茶くらいしか出せないけど」

 遠慮がちに光太郎が告げ、お茶を人数分配る。

「充分よ、ね、シン兄」

「ああ、こうして一緒に誕生日を祝えるだけで嬉しいよ」

 晋太郎の発言で、光太郎は今日が何の日かを思い出した。
 そして月子と、こうして世界を越えてまで会いに来てくれた兄が尋ねてきてくれた理由も。

「わざわざありがとうな。 二人とも」

「一年に一度しかない大事な日だからね」

「じゃ祝いましょうか」

 今日だけは昔とかわらない光景で、祝福の宴が始まる。



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