【暗闇で孕む】

□第八話
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 ※岸谷という刑事が出てきますがドラマの岸谷ではなく、原作に出てくる人当たりの良い男の刑事の方の岸谷です。
 何となく湯川→岸谷←草薙という感じのBLを妄想しながら書きましたので岸谷総受け感を感じて貰えれば(笑)
 柿本さんも若干、岸谷が好きそう…楽しいwww






 一課の車が現場に到着し、岸谷は所轄の同僚と一緒に出迎えた。
 現場は旧江戸川の堤防だった。近くに下水処理場が見えている。
 川の向こうは千葉県だ。
 どうせなら向こうでやってくれりゃあ良かったのにと、草薙は柿本と共に車から降りると服の裾から容赦なく刺してくる冷気に、コートの襟を立ててそう眉をしかめた。

 「あっ!草薙さん!お疲れ様ですっ」

 車から出てきた草薙の姿に岸谷は喜色を浮かべて挨拶をし、草薙が朗らかに返す。

 「おぉ、岸やん。久し振りだなぁ」
「草薙さんがこの件を担当するんですね〜」
「宜しくな」
「はいっ!」
「あー、コイツは一課の柿本巡査部長だ」
「貝塚北所の岸谷です、宜しくお願いします」

 柿本は岸谷に目線をやった。
 そして直ぐに反らす。

 「第一発見者は?」
「少年野球の子供達です」

 その後誰に訊くでもなく訊ねる柿本とそれに答える同僚のやり取りに、岸谷は内心で軽く舌を出した。
 キャリア組には良くある態度だ。ましてや一課。大抵彼らは所轄の人間を都合の良い駒か何かと思っているのだ。
 まぁ、草薙さんと親しそうな俺に嫉妬してるってのもあるかもだけど…ないか。
 あの変人先生ですら挨拶は返してくれるのになぁ〜、なんて若干失礼(どちらにとは言わない)な事を思いながら、岸谷はさっさと切り換えて現場に意識を向けた。
 キャリアさんの相手を真面目にしてくれている同僚には、後で飴ちゃんでもやろう。

 「遺留品は?」
「身元が判るような物はまだ見付かっていません。あれが―――」

 と、同僚が今まさに鑑識が起こして立て直した自転車を指差す。

 「関係しているのかもまだです」
「盗難自転車と思われます」
「あれは?」

 岸谷が同僚の説明に補足を加えると、草薙が現場の一画を指差して訊ねてきた。
 鑑識が四人程で一斗缶を囲み作業している一画だ。

 「衣服が燃やされていたんです」
「検死は?」
「30分前から作業に入って貰ってます」

 そしてご遺体との対面である。

 一先ず、全員が手を合わせ黙祷を捧げる。
 全裸で横たわる遺体には頭部が欠損していた。
 頭部が無いとはいえ、全裸の状態を見ていると意識はとうに無いと判っていても、何か一枚掛けたくなる寒々しさを覚える。

 「見ているこっちも寒くなるなぁ」
「えぇ、まったく」

 草薙がそうこぼしながらしゃがみこんだ。
 やっぱり誰でもそう思うみたいだ。

 「指紋、焼かれてるのか」
「はい。頭部は少し離れた場所で見つかったんですが顔も鈍器のような物で潰されていました」
「マジかよぉ…」

 うんざりした顔で柿本がぼやく。
 まぁ、柿本さんのボヤキも分からなくもない。

 次に遺体の頭部が発見された場所に移る。

 「これじゃあ歯の治療痕も照合出来ないな」
「身元の特定に時間掛かりますねぇ…しかし何で頭部をわざわざ切断したんですかね」
「全部バラバラにする予定だったが思いの外時間が掛かると分かって諦めた、とかかもな」
「なるほど…」

 頭部の状態を軽く確認し嘆いた草薙さんに同調した柿本さんだけじゃなく、その場の全員がそう思った筈だ。
 こりゃあこのヤマは長くなるぞと。

 しかしその読みは見事に外れ、身元は早々に割れた…が、それは更なる厄介事の始まりだった。



 「被害者の氏名・麻田雄三、61歳無職。出身地は静岡県浜松市、血液型A型。死亡推定時刻は12月2日の午後6〜10時の間。現住所は川崎市幸区加島田となっていますが、家賃が払えずこの一ヶ月間は簡易旅館を転々としていました」
「…顔が潰されていたわりに随分早く身元が判ったな」

 そう。間宮班長の言うようにアッサリとその身元は判明したのだが…しかしその身元が問題だった。

 よりによって半年前まで総理大臣を勤めていた男が殺されていたのだ。
 マスコミは面白可笑しく書き立てて暗殺されたのなんだのと騒ぎ、先の総選挙で大勝を収め新任の総理大臣となった伊達國雄に注目を集めている。
 曰く、総理大臣の座を得るためにこの男が殺したのではないか、と。

 既に総理大臣になっているというのに馬鹿馬鹿しいにも程があるが、いつも以上に本部は報道規制に躍起になり、この会議が始まる前には総監直々に慎重に事に当たるようにとのお言葉を賜ってさえいる。
 会議室内には常とはまた違った妙な緊張感が漂っていた。

 「被害者は前日の12月1日から大田区の簡易旅館扇屋に泊まっており、鍵を持ったまま行方不明となって居たため、盗難届が出されていました」

 指紋を燃やし顔まで潰している犯人の、被害者のサイフに入っていた旅館の鍵を見落とすというミス…これが旅館室内に落ちていた毛髪のDNA鑑定、現場に乗り捨てられていた自転車の指紋の照合へと繋がる。

 「死体の身元は麻田雄三とみて間違い無いと思われます。以上です」
「次、凶器について。鑑識係長」
「はい。凶器の特定が出来ました」

 鑑識係長と一緒に立ち上がった鑑識官が、手にした茶封筒の中から凶器と似た物を取り出して各テーブルへと配っていく。

 「死因は頸部を圧迫された事による窒息死。頸部には捻れがある紐状痕がハッキリと残っています。凶器はこれと同タイプの袋打ち捻れコードだと思われます」
「…こたつに良く使われるヤツか…次、麻田の交遊関係について鑑取り班」
「はい」

 草薙から振られた岸谷は立ち上がって、めくってあった資料を読み上げた。

「被害者は二十年前に結婚していますが、その後五年で離別しています。別れた妻の氏名井上靖子・年齢53歳。同人には大学生になる息子が居ますが被害者との血縁関係はなく、母親である井上靖子との血の繋がりもありません。その息子の氏名は井上薫・年齢21歳。」

 そう報告をしているとと何人かの年かさの刑事たちが、あぁ…という表情をした。

 「十五年前に起きた当時議員をやっていた麻田雄三を狙ったテロに居合わせた井上薫の家族が巻き込まれ、井上薫に関しては被害者の麻田雄三が庇った為に無事でしたが両親とは死別し孤児となり、その庇った時の縁で麻田夫妻の養子となったようです」

 草薙さんもぼんやりとだが当時のニュースを覚えていると言っていたので、やはり記憶している人は記憶している印象深い事件だったらしい。

 「井上靖子は現在日本橋浜町で弁当屋かおるを経営。現住所は―――」

 あーぁ、やだなぁ。この人達は疑いたくないよ…。
 何せ自分と同じく母子家庭で、しかも息子の方はテロ事件に巻き込まれて血の繋がった家族をなくしている…日々の生活に追われているであろう彼女達の平穏な日常に、事件という厄介事を持って行かなくちゃならないのだ。…気が重い。
 心中でそう呟きがらも岸谷は報告を続け、終わらせた。

 「次、麻田雄三の足取りについて。地取り班」
「はい」

 被害者の足取りについて情報を聞きながら、この後に井上靖子の元へ行かねばならない予定を思い、岸谷は益々憂鬱になる事を止められないのだった。




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