【拝啓、悪魔なヒーロー様へ。】

□一枚目
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 数日前、モン太と僕は二人でお酒を飲んだ。
 モン太は初恋が叶わなかった悔しさ等を酒の肴にし、
 「相手が蛭魔さんなら仕方無ぇよなぁ」
 とか
 「敵わねぇよ」
 と、愚痴を溢していた。

 数週間前、まもり姉ちゃんと二人で食事をした。
 幸せな顔で、
 「蛭魔くんと結婚するの」
 と、報告してきた。
 僕は笑っておめでとうと言った。

 僕の蛭魔さんへの恋心は、完全に砕け散った。









 
 「へ〜。遂に瀬那くんの愛しの君が結婚しちゃうんだ〜」
「うん」
「因みにオレの愛しの君も彼女が出来たそーでーすっ」
「ふふっ、知ってる。タクマさんこないだ言ってたよ」
「そっか」

 タクマさんはそう言って、風呂上がりで濡れた髪を片手でガシガシと拭きながら、結婚式の招待状をピラピラと振って眺めた。
 タクマさんは大学時代からちょくちょく合っている人で、所謂セフレ、という関係だったりする。

 タクマさんは優しい人だ。
 でも、ズルい人。
 タクマさんの好きな人の笑顔と、僕の笑顔が似ているらしい。

 そして、僕もズルい。
 タクマさんの手は、蛭魔さんの手にそっくりだった。

 僕もタクマさんもノンケに恋をして、そして絶対に実らない事を知っていた。
 お互いの想い人を相手に重ねて、利用し合って。
 だけどまぁ、僕が海外から戻って来てからは何となく流れで同棲するようになり、今では単なるセフレって感じでは無いけど、恋人、という甘い関係でもない。
 そんな曖昧な関係。

 「瀬那くんさ」
「なに…?」

 タクマさんがビールの缶を開け、グイッと煽った。
 目線は頑なに僕に向こうとしない。
 だから僕も、何となく膝を抱えてつま先を見た。

 「俺とケッコンしよっか。俺、瀬那くんといるの、結構好きだし」

 ぐぐぐ、と何かがせり上がって僕の目から涙がころりと、一粒零れ落ちた。

 「……………うん」

 …それがどんな種類の涙だったのか、それは僕でも解らなかった。
 ただ何かが変わってしまった事だけは、理解が出来た。

 タクマさんがにっこりと笑う。
 なんだか、泣くのを堪えているみたいな笑顔だった。

 「じゃっ、誓いのチュー」
「ふ、むぅ…」

 そうだね、一番欲しいものを手にいれられなかった憐れな者同士、身を寄せ合って生きて行くのも良いかも知れない。
 例え傷の舐め合いだと言われようとも、僕もタクマさんと居るのは楽しいし、好きな事は確かな真実だった。
 この行為がどこまでも逃げだとしても、一人で生きてくのは辛すぎる。

 誓いの、という神聖なイメージとは裏腹に、濃く、深くなってゆく淫らなキス。
 ファーストキス、だった。
 キスはしないという、セフレになった時に交わした約束を破って、一線を越えるという意味を含ませて。

 さよなら、大切な初恋。
 さよなら、幼かった憐れな僕。
 僕はタクマさんと幸せになるから、どうか泣かないで。
 綺麗な思い出のままで、そこに。




 明日は、蛭魔さんとまもり姉ちゃんの結婚式だ───。







 「じゃあ、そろそろ」
「忘れ物は無い?」
「うん。ちゃんとご祝儀も持ったし」
「そっか。あぁ、帰りは迎えに行くよ」
「うん、ありがと。…行ってきます」
「行ってらっしゃい。頑張れ」

 そう言って、タクマさんは僕の頭を乱暴に撫でる。
 ひらひらと手を振るタクマさんが、何故か眩しく見えた。
 僕はひどく穏やかな気持ちでそれを見て、笑顔を浮かべる。

 「行ってきます」

 もう一度繰り返して手を振り、歩き出す。
 真冬の冷たい空気が、頬を撫で磨いた。



 電車を乗り継ぎ、式場へと向かう。

 胸が空洞になったみたいな虚無感は、もう何年も馴れ親しんだものだ。
 大丈夫。
 僕にはタクマさんがいてくれる。大丈夫。
 今はもう、胸の内にあるのは虚無感ばかりじゃない。



 電車を降りて、駅を出て、暫くのんびり歩いた。
 空が、突き抜けるみたいに高くて、青い。

 「――――え?」

 気付いたら、僕は空を跳んでいた。
 乱暴な衝撃。
 身体が熱い、と感じるのと同時に、ぐしゃ、と音がして、横倒しになった僕の視界の半分がアスファルトで一杯になる。
 女性の悲鳴。
 誰かが僕に向かって、何かを叫ぶ。
 誰かの靴が僕の前で右往左往している。

 もしかして、僕って車に轢かれたのかな。

 身体が、全然、動かない。
 声も出ない。

 自分の意志とは関係無しに、モン太との会話、まもり姉ちゃんとの会話、蛭魔さん、高校時代、蛭魔さん、中学時代、小学校時代、と色んな記憶が流れては消えてゆく。

 目の前にいた人が横に退いて、式の招待状やらご祝儀やらが散らばっているのが見えた。

 式。
 どうしよう。

 …あぁ、いや、もう、どうでもいいかな。

 多分僕は死んでしまうだろう。
 だってこんなに血が出てるのに、身体は痛くないから。

 きっと、頭の打ち所が悪かったんだろう。


 視界が白んでゆく。
 …あぁ、瞳孔が開いてきたんだ。


 ―――そうだ、タクマさん。
 ごめんね、タクマさん。一人にしちゃって。

 ちょっと、疲れちゃった…。



 ダッサイなぁ、僕。

 何も手に入らないまま死ぬなんて。


 ハハ、結局、パシりだった頃から成長してないんじゃないか…。

 あぁ、せめて、もう一度、蛭魔さんとフィールドを……………。



 僕はそう考えてから自分の人生の呆気なさにフッと笑って、ゆっくり、目を閉じた―――…。





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