【拝啓、悪魔なヒーロー様へ。】

□神を殺した日
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 私が瀬那が死んだって聞いて最初に浮かんだ感情が何か、わかりますか?

 姉崎まもりはやつれた顔で、溜め息を吐くようにそう言った。

 「ホッとしたんです。瀬那が死んで、ホッとしたんです」

 彼女は顔を歪めて涙をこぼしそうになったが、ぐっと歯を噛み締めて泣くまいと堪えていた。

 非道い人間です。私は。

 彼女はその白く美しい手に自らの爪を食い込ませながら、苦々し気に続ける。

 「私、ずっとずっと瀬那に嫉妬してたんです。あの人の…蛭魔くんの生き甲斐はアメフトで、その戦場に一緒に立てる瀬那に、ずっと」

 …瀬那が蛭魔くんに対して抱いていた感情に気付いていたから、余計に。

 「嫉妬して、でも、自惚れなんかじゃなく、蛭魔くんの感情がこちらに向いてるって知って優越感を抱いて、蛭魔くんの事を支えられるのは自分だけだって。だけど、一度フィールドに出たら蛭魔くんは私の事なんか忘れちゃうから…」

 だから、フィールドで蛭魔くんを魅入らせる事が出来る瀬那が死んで、ホッとしたのよ…。
 ずっと弟みたいに思ってた瀬那が死んだのに、最初に安堵するなんて…。

 「私、自分がこんなに醜い人間だなんて知らなかった…」

 これからずっと、こんな醜い自分を蛭魔くんに知られる事に怯えて、生きてかなきゃいけないのね…。





 全てを諦めて受け入れた顔で、彼は語った。

 僕、小早川瀬那は、所謂ゲイというヤツでした。
 気付いたら男の人が好きで、同時に、これは誰にも言ってはいけない事だという事にも、気付いていました。
 中学の時に一度バレそうになってからは、余計に隠すようになって。

 だから僕は、蛭魔さんへの憧れが恋に変わってしまう前に、一人のアメフトボウラーになる事にしたんです。
 蛭魔さんを慕っているのは恋ではなく、アメフトボウラーとしてだと、自分を誤魔化す為に。
 …それに、蛭魔さんを好きなまもり姉ちゃんも入れないフィールドに、僕なら一緒に立てたから。

 自嘲気味な顔で彼は言う。
 そして、小さな優越感ですよね、と同意を求めた。

 でも僕は、それを支えにして今まで生きてきたんです。
 …全部事故で台無しになっちゃいましたけど。
 そういえば、あの時今どうしても日本に帰らなきゃって思ったのは、自分が死ぬ事を何となく予感してたからなのかなぁ。

 そうこぼした後、彼は首の後ろをかきながら、自分の運の悪さ加減には自分でも呆れちゃいます、という言葉で締めくくった。





 糞チビが死んだと聞かされたのは、式を挙げた後だった。
 アイツの両親が姉崎家に対して気を利かせた結果、というヤツらしい。

 クソッタレ。

 アイツが死んだ事に気付かず馬鹿騒ぎするなんて間抜けな真似晒すくれぇなら、式が台無しになる方がマシだったってのに。

 俺はアイツがNFLから、俺とキッドで作った日本プロリーグに凱旋してから借りていたらしい部屋で立ち尽くし、どうにもできない苛立ちを舌打ちに乗せて吐き出した。
 しかし全てを吐ききれず、しかも次々涌いてくるそれに辟易し、ダイニングに置いてあった椅子にドカリと座り込む。
 そのまま、部屋の惨状を眺めながら、思考を巡らせる。

 ───誰にも言った事は無かったが。
 アイツの存在は、俺の中で神にも等しい存在になっていた。
 それ程までにアイツの走りに俺は魅了されていたのだ。
 阿呆みてぇに糞女々しい執着を見せて、俺が触れたら汚れちまうからと余り関わらない事で大事にしたつもりになっていた。
 だが、それは失敗だった。



 「───…どういう事だ?」

 数日前の事。
 警察のPCをハックして得た情報を眺めながら、眉をひそめる。
 アイツが事故にあったのと同時刻。
 アイツの部屋で男が、隣の建設現場から落ちてきた鉄骨に貫かれ、死亡していたというのだ。
 部屋で死亡していた男は、俺の知らねぇヤツで。
 その時やっと、アイツの事で知らない事が多すぎる自分に気付いて、愕然とする。

 アイツを神聖視してアイツに近寄ろうとしなかったツケが、ここで来たのだと思った。

 だが、アイツの両親でさえもこの男の存在は知らなかったらしい。
 しかし、何かを知ってはいるようで。
 母親は、あの子を否定しないで受け入れてあげれば良かったのだと、嘆いていた。
 否定…?どういう事だ?
 詳しく問い詰めようとすると、父親の方が首を横に振ってこう言った。

 「蛭魔くん、君は何も知らないんだね?なら、それがそうであって欲しいとあの子が望んだ結果なんだと思う。それを父である私が暴いてしまいたくはない。あの子の遺志を、尊重させてくれないか」

 そう言われてはそれ以上踏み込めない。
 だが俺は、もう何も知らないという事で後悔したくはなかった。
 …もう、遅いのだろうが。

 そうして、ならば独自に調べるまでだと。


 「そういう事かよ…」

 そこかしこに、アイツとあの男が一緒に暮らしていたという痕跡が転がっていた。
 極めつけはゴミ箱に残された使用済みの避妊具。
 確かにアイツが中学の時、一時期ホモではないかと噂されていたのは知っていたが…。

 突き付けられた事実に、何故か俺の胸には裏切られたという思いが広がっていた。

 ハッ…どこまで女々しいんだ俺は。
 アイツを勝手に神聖視していたのは俺だ。
 アイツがゲイで、男を作っていたってそれはアイツの勝手じゃねぇか。
 そう分かってはいるが、納得出来ない。
 知ろうとしなかった自分を棚に上げて、何故黙っていたと、この程度で俺がお前を拒絶するような男だと思ったのかと、アイツを問い詰めたくなる。
 そうだ、俺はアイツの神秘性が汚されたから、こんな気分になってるんじゃねえ。
 信用されていなかったという事実に、信用されるような関係を築けなかった自分に、失望してんだ。

 ああ、本当に、何もかもが遅すぎたんだ。

 飛び込んできた鉄骨にぐちゃぐちゃにされた部屋で、俺は一人、静かに目を閉じた。





 フィールドをねじ伏せる事の出来た、あの神の脚を持つ男はもういない。




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