【拝啓、悪魔なヒーロー様へ。】

□三枚目
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 ぼくは僕であるという事を隠そうとはしなかった。
 当時は脅威だった同い年の体格の良い男の子からパシりを強要されても、精神的に二十歳を過ぎている僕からすれば、ただの子供の我が儘にしか見えないからあしらう事は簡単だったし、身体は小学生になっても脳味噌が記憶している体の動かし方は、さすがに完璧ではないけれど、ある程度はあしらう事に活用出来た。

 そんな風に隠そうとしないでいても、急にぼくが僕に変わっても、周りの人達は大抵が成長したんだねと微笑んで受け入れてくれた。

 徐々に、精神と身体の齟齬にも慣れていき、その頃には小学生からやり直す事になってしまったんだと確信し、覚悟を決めていた。
 もはや癖になっている早朝ランニングをしながら、僕にとっては過去であるこれからについて思いを馳せる。

 これから先、やっぱりまもり姉ちゃんと蛭魔さんが結婚するとしても、僕はなるべく蛭魔さんの傍にいたい。
 結婚式の当日に僕が死んで、またこうやって繰り返すとしても。

 ははっ、ホント僕って格好悪い。
 何時までもぐだぐだ引きずって。
 でもしょうがないじゃないか。
 …僕には、これしかないんだから。




 ───麻黄十三中。

 それは蛭魔さん、栗田さん、武蔵さんの出身中学校。僕はそこに通おうと思う。
 蛭魔さん達がいるとは限らないけど少しでも蛭魔さんの傍に、長く居たいから。

 「お父さんお母さん、僕アメフト選手になりたいんだ」
「へっ…」
「アメフト…?」

 学年を二つ上げた小学六年生の春、僕は夕飯をつつきながらそう告げてみた。
 夕食を食べながら将来の夢を語る。うん、これはちょっと子供らしいんじゃないかな?

 「うん。それでね、アメフト部が出来るらしい麻黄十三中に通いたいんだー」
「ちょっと待って瀬那、アメフトって?」
「ラグビーみたいなやつ」
「ラグビー!?」

 母さんの目にはありありと信じられない!と書いてある。このひょろひょろなウチの息子が!?って感じだ。
 父さんは何も言わずじっとこちらを見ていた。そうして、落ち着いた声で僕を呼んだので、僕も父さんをじっと見つめた。

 「本気なのか?」
「うん」
「自分で道を選ぶという事は、自分で責任を取るという事なんだぞ?解ってるのか?」
「うん」

 …父さんは昔からそうだった。僕がやりたいと思っている事を頭ごなしに否定するんじゃなくて、まず受け止めてくれる。
 僕も…こんな大人になりたいなぁ。

 暫く沈黙した後、やがて父さんは微笑んだ。

 「そうか…瀬那に将来の夢が出来たか…」
「お父さん…」

 ハラハラとしながら見守っていた母さんが、堪えきれずに父さんを呼ぶ。

 「母さん、あまり自分の意見を持たなかった子が、将来やりたい事があるって言うんだ。応援するのが親の役目だと思うよ、僕は」

 瞬間、ぐっと涙が出そうになった。
 僕は愛されてる。
 唐突にそれを実感した。

 なのに、僕はゲイで、親不孝者だ。こんなにも沢山のものを貰っているのに、返せない。

 …アメフトボウラーになったら二人に新築をプレゼントしようかな。前は喧嘩別れみたいになっちゃって親孝行も何もなかったし…。

 「…そうね。応援しましょう!頑張るのよ、瀬那!」
「うん!」

 さて、まずは勉強をなんとかしなくちゃなぁ。






 「瀬那!?こんな朝早くになにやってるの!」
「え、まもり姉ちゃん…どうして此処に?」

 麻黄十三中への進学を学校にも伝えて、正式に目指し始めたある日の早朝。
 丁度ランニングを終えて家に着いた瞬間、まもり姉ちゃんの近所を気にした抑え目の怒鳴り声が背後から掛けられた。

 …そういえば早朝ランニングの事、まもり姉ちゃんには言ってなかったなぁ。
 あんまり、まもり姉ちゃんとは顔を合わせたくなくて、避けてたから…。

 まもり姉ちゃんは中学の制服姿で自転車に跨がり、心底驚いたという顔をしている。部活か何かでいつもより早い登校なのかな?

 まもり姉ちゃんは僕の急激な変化に最後まで馴染めなかった唯一の人で、事ある毎に自分の庇護対象で在るべきだという価値観を押し付けたがった。
 これは僕がまもり姉ちゃんを避けてた理由の一つだったりする。高校生の時のまもり姉ちゃんは僕がアイシールド21としてアメフトをやっている事を、あまり抵抗無く受け入れてくれたけど、今のまもり姉ちゃんはまだ中学生になったばかりだ。急激な変化に着いていけなくても仕方無いんじゃないかと思う。

 「瀬那はまだ小学六年生なんだよ?こんな朝早くから一人で外に出ちゃ危ないでしょ?」
「大丈夫だよ、まもり姉ちゃん。五年生の時から毎日やってるから」
「そう、なの…?」
「うん」

 僕の変化に戸惑うのは当然の事だと思う。すんなり受け入れる方が難しいんだ。でも、僕には子供の演技なんてあんまり出来そうにないし、徐々に慣れてもらうしかない。

 「まもり姉ちゃんこれから部活?」
「えっ、あ、ううん。委員会のお仕事なの」
「そっか。頑張ってね」

 そう言いながら手を振って家の中に入って行く。視界の端でまもり姉ちゃんが何か言いたそうにしていたけど、気付かない振りをした。

 「ふぅ…」

 ドアが閉まる音と一緒に溜め息を吐き出す。
 先は長そうだった。




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