【拝啓、悪魔なヒーロー様へ。】
□四枚目
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春の朝。
静かな小雨が桜を濡らし、照り始めた太陽の光を反射して世界は輝いていた。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、後でお母さん達も行くからねー!」
「はーい」
今日は入学式の日だ。
麻黄十三中の、入学式。
あーもー!ワクワクする!
中学生の蛭魔さんってどんな感じだったんだろ?何時だったか栗田さんに卒業アルバムを見せて貰った時に、ちょっとしたエピソードを聞かせて貰ったけど、当時から凄かったみたいだ。
当時っていうか、今、なんだろうけど。
自宅から麻黄十三中まではちょっと距離があって進学と同時に引っ越しの話も出たんだけど、朝のランニングに丁度良い距離だったから引っ越しの案はお蔵入りになった。
春先のまだちょっとだけ冷たい空気が心地好くて、ランニングなのにぐんぐんスピードを上げてしまう。
やっぱり僕は走る事が大好きだ。
アメフトはもっと好きだ。
これから、蛭魔さんと栗田さんと武蔵さんと僕とでアメフト部を盛り上げて行けたら良いなぁ。
ホント言うと、僕は少しだけ不安だった。
僕が来た事で少しずつ変わっている世界。
その影響が誰かに及んで、例えば、蛭魔さんはアメフトに全く興味が無いとか、そんな風になっていたりしないだろうかって。
もしそうなったら…僕は、僕の存在意義が判らなくなってしまって、どうしたらいいのか…。
ううん、弱気になっちゃ駄目だよね。
例えそうなっていたとしても、蛭魔さんにアメフトの面白さを僕が伝えれば良いだけの事だよね!
確か最初の一年は栗田さんだけでアメフト部を立ち上げて、二年生に上がって少しした頃に屋上で賭アメフトの勝敗予想をしてた蛭魔さんを見つけるんだよね?
僕に出来る事は、勿論まずはアメフト部に入る事と蛭魔さんとの接触を早める事、かな…。
うんっ、よーし、頑張るぞ!!
「って、えぇぇぇぇえ!?!?」
何コレ!?
え、何コレ!?
気合いを入れて初登校した僕の視界に入り込んできたのは、卒業アルバムで見た事のあるアメフトボールみたいな形の校舎が、まんまアメフトボール色になっているという万国吃驚ショーも吃驚な光景だった。
それだけじゃない、至る所に「アメフト部に入ろう!」というフレーズと共に色んなアメフトグッズが飾ってある。
「は、はは…」
何だか胸がギュッとして、鼻の奥がジィンとしてきた。
こんなハチャメチャな事出来るのは、蛭魔さんだけに決まってる!
あぁ、もう、蛭魔さんってば…!
僕が不安になる意味なんて無かった。あの人が、蛭魔さんがアメフトから離れるなんてあるはずが無かった。
だってあの人は蛭魔さんなんだから!
自分でも訳の分からない事を言ってるなと思うけどでも、こうとしか言いようが無いんだから仕方がない。
とにかく僕は嬉しくて嬉しくて、また蛭魔さんと一緒にプレー出来る事の幸せを実感していた。
「ははっ…」
グイと涙を拭い、鼻をすする。
「Ya-ha-!アメフト部に入部しやがれ糞一年共!」
突然、背後から蛭魔さんの声がして、僕はビクついて固まってしまった。
どっ、どどどどどうしよう…!まだ心の準備が出来てない!
でも高校生の時より幾分か直接的な勧誘の仕方に、彼の若さが垣間見えて何となく微笑ましく思えて、少し緊張が薄れた。
よし振り向くぞ、と思った瞬間にグイっと肩を引かれ、突然、本物の悪魔も裸足で逃げ出す凶悪な笑みを浮かべた蛭魔さんの顔が、視界一杯に広がった。
「おい糞チビ、お前アメフトにとぉっても興味あるよな?」
「ちょっ、ちょっと蛭魔くんっ無理矢理は…!」
YES or ハイしか認めないぞ、というのがありありと見て取れた。
わー、栗田さんもお久しぶりですー。お二人ともお変わりないようでー。
と、いうか本当に変わりなさすぎだよ、まったくもう!これじゃあちょっとでも不安になった僕が馬鹿みたいじゃないか。
僕の顔から勝手に笑顔がこぼれてゆく。
それを見てあの蛭魔さんが、虚を突かれたような顔をしている。
あぁ、神様ありがとうございます!
僕は今、とっても幸せです。
だから僕は、
「はいっ!!」
と力一杯答えて、
「希望ポジションはRBです!」
第二のアメフト人生の第一歩を踏み出したのだった。
(→次ページ、説明等)