【拝啓、悪魔なヒーロー様へ。】

□五枚目
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 あの後僕は、突然蛭魔さんに命じられた栗太さんによって担ぎ上げられて職員室まで運ばれ、その場で入部届けにサインをする羽目になってしまった。
 まぁ、その事は別にいいんだけど職員室のあちこちから同情的な目線が送られてくるのがね、なんだか居心地悪くて…。
 その視線が明らかに、「蛭魔さんが脅迫手帳を使って脅した可哀想な新入生」を見るものだったから心配してた自分を笑いたくなるくらい、蛭魔さんの変わらなさっぷりを実感したけどね…あはは…。

 しかも入学式の後にまた栗太さんに拉致されて部室(泥門の時と同んなじ位の小屋だった!)に連れて行かれ、蛭魔さんや栗太さん武蔵さん達と軽く挨拶をした後、40ヤード走のタイムを測る事になったり…。
 練習はしなかったけどとにかく忙しい一日だった。

 そうして入学初日も無事に(?)終え、今日からは授業も始まっていく。
 麻黄十三中に学校が変わっても、前に通ってた中学と同じ公立校だから、それ程違いがあるわけでも無く。
 小学校では見られない教科毎に先生が変わる光景に、中学だった当時は不思議な感じがしたのを思い出して、懐かしかった。周りの子達も戸惑っているみたいだけど、後二三日もすれば皆慣れて気にならなくなるんだろうなぁ。

 そういえば、この中学は近くの2つの小学校を併せた子達で構成されていて、そのどちらにも属していなかった僕は、少しだけ質問攻めにあった。
 だけど僕が、ここのアメフト部に入る為にワザワザこっちに来たって言ったら皆驚いていて、ちょっと失敗したかも。
 皆アメフト部があるのを入学してあのアメフトボール色になった校舎を見てから知ったらしくて、アメフト界では有名なのか?とか訊かれちゃった。
 因みに既に校舎の色は元に戻ってたりする。…どうやってあの色にしてたんだろ?

 ううう、蛭魔さんの耳に入って怪しまれなきゃ良いけど…。

 その蛭魔さんだけど、地元じゃもう結構有名みたいだ。ウコンだかっていう怖い人と一緒になって色々してるらしい、だから気を付けなって心配してくれる子がチラホラいた。
 ウコンって…多分阿含さんの事かな…?阿含さんに知られたら大変な事になりそうだからそこは訂正しといた方が良いよって逆に心配したら、蛭魔さん関係に詳しいのにそれでもアメフト部に入るとか、お前マゾなの?って言われてしまった…。

 「ちちち、違うよっ!…多分」
「多分て(笑)あ、ちなオレの名前は笹木健也!ササケンって呼んでくろー。宜しくなっ!」
「あ、うんっ。宜しくねー、ササケン。僕は瀬那で良いよー」
「おー、瀬那な!」
「ウチは穂乃花ー。宜しくー」

 こんな感じですぐに話す子も出来て質問攻めもそう悪いものじゃなかったけど、なんだかそれから周りの皆がちょっと僕に対して過保護なのは何でなんだろう…?前よりは貧弱気味じゃないと思うんだけどなぁ。
 実際そう口に出して、腕の筋肉とかを自分で確かめてたら周りの子達は分かってないなぁみたいな顔をするし…。
 やっぱり身長が無いのが問題?
 とかって考えてたら突然、

 「糞チビ!!」
「ぅはあい!?!?」

 蛭魔さんに呼ばれて滅茶苦茶ビックリした。
 突然現れた悪い意味で有名人な蛭魔さんに、教室がざわめく。だけど中には蛭魔さんにときめいた顔をしてる女の子もいて、ちょっとだけモヤッとした気分になってしまった。

 「蛭魔さん!どうかしたんですか?」
「言い忘れてたが、今日の放課後から第二グラウンドで練習だ。ちんたらして遅れんじゃねーぞ!遅れたら…」

 ガシャ!!
 と、あからさまな音を立てて蛭魔さんが銃口をこちらに向ける。

 「わっ…だっ、第二グラウンドって…」
「武道館の脇だ。それから、連絡先寄越しゃあがれ」
「あっ、はいっ。えっと、自宅の番号しか…」
「構わねぇよ、サッサと寄越せ!」
「はっはいぃぃ…!」

 ガガガっと番号を適当な紙にメモをし、サッと蛭魔さんに渡す。
 そういや前は、この携帯で親御さんに連絡させてあげよう!って言われて、詐欺的手法で番号知られたんだったなぁ…懐かしいや…ははは…。

 「あの、蛭魔さん」
「なんだ」
「放課後はどんな練習するんですか?」
「…ラダードリルだ。先に着いたら用具用意しておけ」
「あ、はい。分かりました。放課後、第二グラウンドでですね」
「間違えんじゃねーぞ」
「はいっ」




 俺は、糞チビと会話をしながら違和感しか感じて居なかった。
 糞チビは人材としては申し分ない人材だ。40ヤード走も、中坊になりたてのガキにしちゃ充分過ぎるタイムだったし、その上で向上心もある。
 申し分なさすぎるくらいだ。

 だが、その言動一つ一つが引っ掛かる。
 魚の小骨が喉にあるかのような違和感。

 例えばそれは、目線だったり仕草だったり。けっして目立つ物ではない。ホンの些細な事だ。
 今もそうだ。

 …違和感の正体はこれに尽きる。
 慣れすぎているのだ。何もかも。
 40ヤード走も、先程のラダードリルの事も、俺や糞デブ達とのやり取りも。

 コイツは昨日、アメフトの経験は無いけれど興味はあるので知識としては知っている程度だと自己申告してきた。
 だが、コイツはまるで経験してきたかのように振る舞う。
 新しい環境で新しい事を始める奴特有の戸惑いが、コイツには一切見られない。
 大体、ついこの間まで小坊だったガキが、たかだか知識がある程度で躓く事なくこなすなんて芸当、できるわきゃねーんだ。

 経験があるなら何故隠す?
 何故こんなにも、違和感なく俺達の間に入り込む?

 コイツは、何を隠してる?

 俺は、何故だか初日にコイツが見せた眩しい程の笑顔を思い出し、裏切られたような思いを味わっていた。
 やっと掴めた気がしたのに、オマエは…と、そこまで考えて俺はゾッとした。
 まだ二日目だ。コイツと出会って、まだたったの二日だ。
 それなのに、こんな短期間で俺はコイツが懐に入ってくるのを許してしまっている。

 「…チッ!」


 俺は鋭く舌打ちをすると、糞チビには声を掛けずに教室を後にした。




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