【拝啓、悪魔なヒーロー様へ。】

□七枚目
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 中学の春期アメフト大会は、GWの真っ只中に行われる。

 大会前の僕達は、高校の時程じゃないにしろ入学から大会までの日にちが短かったから、圧倒的に足りていない部員数を補う為に助っ人集めに奔走したり(もちろんほぼ蛭魔さんが引っ張ってきた)、助っ人さん達と練習したりと怒涛の毎日だった。

 そして、大会当日。

 僕は、ベンチでビデオカメラをかまえていた───。






 「セナくん!!大丈夫?!」
「ぅ……は、はいぃぃ…」

 それは、昨日の事。
 部活自体は軽いアップだけで終わり明日に備える事になってたんだけど、僕は自分の認識と実際の肉体の動きの間に生じた違いに苛々して、過度な練習をしちゃったんだ。
 そのオーバーワークは肉体を傷付け、疲労は溜まり、そして僕は誰もが予想する通りに盛大にすっ転んでしまった。

 「いっ…たぁ…」
「うわわわわっ、は、腫れちゃってるよセナくん!」

 偶々忘れ物があって戻って来ていた栗田さんに抱き起こされながら見た自分の足は、ものの見事に腫れ上がりどう見ても完璧に足を挫いていて…うぅ…僕の間抜け!

 その後、部室に残ってパソコンを弄っていた蛭魔さんにも一部始終を目撃されていたらしく、たっぷりと注意力が足りないだとか大会前に〜とかって色々怒られ、しかも完治する頃には大会が終了しているから大会自体を断念する事になっちゃって…。

 あああもう、どーして僕ってばこんなに鈍臭いんだろう…!


 そんな訳で僕は、中学初の大会をベンチで迎えるハメになったんだ。

 はあ…中学初大会……ってあぁー駄目駄目!大会には出たかったけど、何時までもうじうじしてちゃ勿体ないよね…!?

 せっかく中学からアメフトがやれるんだから、学べるものは学ばないと!

 陣形は?戦略は?
 ハンドサインからも何かわかるかも。体がゼンゼン出来てない中学生なりの、戦い方のセオリーが…!
 うん、色々出来る事はあるハズだ。

 今までは蛭魔さんが引っ張ってきたアメフトを知らない人がカメラを回してたらしいんだけど、アメフトを理解している僕だからこそ、気付く事が出来る事もあるよね!
 よーし、今日は主務になったつもりで頑張ろう!!


 「───おい、糞チビ。お前の居場所は此処じゃねえぞ」
「……へっ!?じゃっ、じゃあ何処に…麻黄の試合はこのグランドですよねっ?あれぇ!?!?!」
「隣だ隣」
「隣ぃ?!」

 そこで、蛭魔さんの発言で何かに気付いたらしい栗田さんが声を上げる。

 「あ、もしかして王城?」
「王城!?ええええっ!王城が隣で試合やってるんですか!?」
「途中すれ違っただろうが」
「お、落ち込んでて気付きませんでした…」
「ったく…っあー、俺らと同い年の進ってヤツがいてな、あの部員数の多い王城で一年っ時からレギュラー入りしてる糞はぇぇバケモンなんだよ。で!てめーはそのバケモンの試合しっかり押さえて来い。いずれ当たるからな。情報は多いに越した事はねえ」
「わ…分かりましたっ…しっかり集めてきます、頑張ります!!」
「おーおー、さっさと行きゃあがれ」
「はい!」

 そ、そういう事だったのかぁぁ…ちょっと吃驚しちゃったよ、ははは…。

 慌ててカメラやらの道具が入ったバッグを肩に掛け、松葉杖をつきながら隣のグランドに向かおうとすると、突然バッグを掛けた肩がスッと軽くなった。
 あれっと思った瞬間に斜め後ろから、渋すぎる声が上がる。

 「蛭魔、まだ時間はあるんだろ?」
「あぁ」
「えっ、ムサシさん…?」

 ムサシさんがスルリと僕の肩から抜き取ったバッグを、自分の肩に掛け直す。

 「瀬那の小さい体じゃ、またすっ転んじまうのが目に見えてるしな」

 どうやら荷物を運ぶのを手伝ってくれるみたいだ。

 「でっ、でも…」

 ポン、とムサシさんの中学生にしては大きい掌が僕の頭に乗せられる。

 「たかだか隣まで運ぶのにそう時間は掛からねぇだろ。怪我してんだ、先輩に甘えとけ」
「うっ、はい……あの、ムサシさん有り難うございます…助かります…」
「気にすんな。行くぞ」
「あ、はいっ!」


 そうして慌ててムサシさんを追い掛けた僕の背中を、蛭魔さんが色の無い目で見つめていたのを僕は知らなかった。






 「うわぁっ…さすが王城、王城側の応援席が満杯だあ」
「どこにするんだ?」
「えっと、そうですね…あ!あの中央の上のとこ、ちらほらカメラを設置してる人がいますよ!人が居るって事はあそこら辺がベストポジションなんですかね?」
「あぁ、成る程。…階段登れるか?」
「大丈夫ですっ」

 松葉杖を脇に挟んで両手で握り拳を作って見せると、ムサシさんはフッと笑った。

 「そうか。無理そうなら言え」
「はいっ」


 そんな感じで、三脚だけ設置して場所取りをしてあるっぽい所の隣に自分達のカメラを設置した後、ムサシさんは帰って僕一人だけになった。
 既にグランドには王城を応援する声が響いていて、試合に出る訳じゃない僕もドキドキしてくる。

 ああああ〜っ!やっぱり立ちたかったなぁ、フィールド!!
 次は絶対に出る!

 ドキドキソワソワしている内に試合が始まり、そうすれば後はもう王城が圧倒的な力の差で魅せ付けてくるのに、ただ引き込まれるだけになってしまった。


 強い。速い。目が、離せない。

 勿論、プロなんかと比べたら見劣りはするけどそれでも相当なレベルに達しているし、なにより華があった。

 僕だったら…と前世の感覚で考えて、そして今の自分の肉体がまだまだ未熟な事を思い出し、その落差に歯噛みする。

 焦るな、焦っちゃ駄目だ。
 焦った結果が捻挫して初大会不参加、なんて格好悪いものなんだぞ。
 焦るな、焦るな…。
 今は情報集めに集中しよう…。



 キリキリとした焦燥感を押し込めて、頬のラインにまだまろみが残る進さんの姿を夢中になってカメラで追うと、あっという間に前半が終了してしまった。
 ハーフタイムに突入するとそれまで張り詰めていた緊張が一気に緩んで、その、トイレが近くなっちゃって…。
 でも、カメラとかはそのままにして行くのはちょっとなぁ…荷物を持っての階段の登り降りもやっぱり怖いし…隣でカメラを回してる人に頼んでみようかな…と、隣をソッと伺った瞬間物凄く見覚えのある人が居て思わず、あっ!と声を出してしまった。

 高見さんだ!ちょっとちっちゃい高見さんがいる!
 そういえば隣の人達って試合の直前に来たから、あんまり気にしてられなかったんだよね…。

 心の中でぐるぐる考えていると僕のうっかり漏らしてしまった声に、高見さんともう一人王城のジャージを来た人が、何だろう?という顔で僕を見てきた。

 うわわっ、何か喋らなきゃ…!

 「ああああのっ!こんな事お願いするのは申し訳ないんですがっ、トイレに行きたいのでこのカメラ、見てて貰えないでしょうかっっ!?」
「あぁ…君、一人だもんね〜いいよいいよー、行っトイレ〜なんちゃって」

 そう答えてくれたのは名前を知らない王城の人で高見さんより年上っぽいから、多分“黄金期”を築いた世代の人なんだろうな、と思った。
 …少し雰囲気が石丸さんに似ているんだけど、そのギャグはちょっと…乾いた笑いしか出ないです…。
 高見さんも後ろで、呆れたような半笑い顔をしている。


 「ははは…有り難うございます…」
「松葉杖ついているようだけど、君、一人で大丈夫かい?」

 高見さんが眼鏡のブリッジに指先を当てながら、訊ねてくる。

 「えっ、あっ、はい、大丈夫ですよ?」
「そう?気を付けてね?」
「有り難うございます。じゃあ…ちょっとお願いします」
「いいよー任せといで〜」

 石丸さん似の人の言葉に会釈を返して歩き出す。

 急がなくっちゃ、ハーフタイム終わっちゃう。



 なるべく早く階段を降りて一番近いトイレに行き用を済ませて出ると、突然後ろから声を掛けられた。

 「おーい、君」
「?…あっ、さっき、の、王城の…」

 以外な事に、声を掛けてきたのは高見さんだった。

 「えっと、どうしました?」
「いや。やっぱり心配でね、様子を見に来たんだ」
「えっ!わっわざわざすみませんっ、有り難うございます…!」
「あはは、気にしなくて良いよ。僕も昔足を怪我してね。松葉杖の大変さは知ってるつもりなんだ。それに、丁度喉も乾いてたしね」

 ただただ恐縮する僕に、高見さんは手に持っていたペットボトルを掲げてお茶目に笑って見せてくれた。
 さすが高見さん!凄いスマートな気遣い方だ…!
 そんなお茶目な高見さんに僕も肩の力が抜けて、笑顔で感謝を伝える事が出来た。

 「あっ、今更ですが、僕の名前は小早川瀬那です、宜しくお願いします」
「あぁ、自己紹介を忘れていたね。僕は高見伊知郎。宜しくね」

 良かったあああっ、自己紹介出来た!
 実はさっきからうっかりすると名前を呼びそうで、ちょっと怖かったんだよね…!

 「―――はいっ、という訳でこれを持って?」

 僕が安堵していると高見さんが、持っていたペットボトルをずい、と手渡してくる。
 その勢いに流されてペットボトルを受け取ると、またも高見さんが手を差し出してきたので、何となく受け取ったペットボトルをそのまま返そうとしてみた。

 「あははっ!違う違う。松葉杖だよ、松葉杖」
「へっ…松葉杖??」
「後半がもう少しで始まっちゃうからね、おぶって行くよ」
「…ええええっ!いやっ、そんな、悪いです!」
「いやあ、でもそれだと確実に後半間に合わないよ?」
「いやっ、高見さんは先に戻って貰って…」
「いいから、いいから。ほら」
「でっでも…」

 ニコニコと、高見さんは笑ったまま無言で手を差し出している。
 …あれぇ…なんだろ…高見さんって蛭魔さんの影響で黒くなったんじゃ…今の時期からもう腹黒かったっけ?…あっ!もしかしてこれも僕が過去に戻った影響!?そんな…!

 慌てていると高見さんのニコニコ笑顔がどんどん深くなってきて、僕はその圧迫感に堪えきれずに、とうとう松葉杖を渡してしまった…。

 「さあどうぞ?」
「ううう、すみません、おぶって貰っちゃって…」
「気にしなくて良いさ。実を言うとちょっと君と話したかったし」

 一旦松葉杖を高見さんに預けてからおぶって貰い、その後邪魔な松葉杖とペットボトルは僕が纏めて持った。
 高見さんはよろける事無く歩き出し、戻り始める。

 「話し…?」
「君、小早川くんはこの足、捻挫をしたのかな?」
「あ、はい。練習をし過ぎちゃって、昨日…」
「やりたいポジションは?」
「ランニングバックです…」
「あぁ、だから進を追ってたのか…」
「あの、高見さん?」

 高見さんは何の話をしようとしているんだろう?

 「もし、小早川くん。もしもこの怪我が原因で速く走れなくなったらどうする?君がやりたいポジションは速さが命だろう?それでも、アメフトを続けようと思うかい?」
「……………」

 あぁ、と思った。
 どうして僕が過去に戻った影響が、高見さんの怪我を軽くする方向に向かなかったんだろうか、と。
 さっき、自分も怪我をした事があると高見さんは言った。
 だからきっとこの世界の高見さんも、もう………。

 僕は想像した。
 僕の、唯一の武器であるこの脚。
 この脚が、突然使えなくなってしまう未来を。
 きっと、深く深く深く、絶望するだろう。
 前の世界と同じ景色は二度と見られない。何人も抜き去り自分の脚でタッチダウンを決めたあの瞬間の景色を、二度と。
 でも、きっと、僕はグラウンドから離れられない。
 さっき思い知った。
 フィールドを駆け巡る選手達への、嫉妬。
 どんなに、無様でも。

 「どんなに無様でも、僕はフィールドに立つ為だったらなんだってやります。ランニングバックというポジションを捨ててでも、僕はフィールドに立って見せます」

 自分に出せる最大限の力で、やり方で、フィールドをねじ伏せてみせる。

 「僕は、フィールドから離れられません。フィールドが、呼んでるんです」

 結局アメフト馬鹿は、死んでも治らなかったって事だ。

 「…そうか…」

 僕はおぶわれていたから判らなかったけど、この時高見さんはたぶん笑っていたんじゃないかと思う。



 後半が始まるちょっと前にカメラの場所に戻り、それまで無言だった高見さんは僕を下ろしてから振り替えって、こう言った。

 「有り難う、瀬那くん。やっぱり君と話せて良かったよ」
「いっいえっ!こちらこそ。高見さんと話せて良かったです!」
「フィールドで会える時を楽しみにしている」
「…はいっ!僕も楽しみにしています」



 それから始まった後半戦も王城は圧倒的な強さを見せつけ、王城の勝利で試合は終了した。
 麻黄は助っ人選手の負傷で試合が回せなくなり、棄権という形で幕を下ろした。

 オーバーワークによる怪我というミスでフィールドに立て無かった事がホントに悔しくて、僕はこの日から絶対過剰な練習はしないと誓った。

 GWが終わり、学校が始まる。
 ここからが本番だと、そう思った。




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