【拝啓、悪魔なヒーロー様へ。】

□八枚目
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 「セーナっ!部活行こうぜ!!」

 放課後、背後からポンッと肩を叩いて呼び掛けてきた声に振り返ると、笹木く…ササケンがニカッと笑って僕を見ていた。
 その笑顔に吊られて僕も笑顔を返す。

 「うんっ、行こっか!」

 今は、あの春大会から少し時間が流れて中間テストを終えた六月下旬。
 さっきの言葉から分かると思うけど、なんと入学初日に声を掛けてくれたササケンがアメフト部に入部してくれたんだ!
 ホント、殆んどの選手を助っ人で賄っている現在の状況を思うと正式な部員は一人でも多い方が良いからササケンが入部してくれて大助かりだし、何よりアメフトの良さを知ってくれた友達が増えたって事が嬉しすぎるよ…!

 「ササケン、入部してくれてホントに有り難う…!」

 部室に向かう道すがらそう溢すと、ササケンが吹き出した。

 「ップハ!まーだ言ってんのかよ〜!いいっていいって、オレが入りたいと思ったから入っただけだしぃ。実際アメフトやってみっと楽しいしな!」
「…うん…!だよね!!アメフト楽しいよね!」
「それに噂と違ってヒル魔さんって銃持ってないのなぁ〜」
「うっ、うん…そうだね!?」

 そうなんだよね…何故か今のところヒル魔さんってば部活に銃を持ち込んだりしてないから…。
 だから僕とか栗太さん達は銃を持ち歩く姿を見てたりするんだけど、入って日が浅い上に部活しかヒル魔さんと接点が無いササケンはまだ見てないらしくって。
 ………なんだか嵐の前の静けさみたいで、ちょっと不気味っていうか…。

 ササケンが、へらへらと笑いながら続ける。

 「なーんか若干拍子抜けって感じがさ〜」

 ―――ジャッコン!!!

 耳元で聞き慣れた音が響き、側頭部に冷たい金属の感触。

 「「―――っ!?」」
「っほお〜、なあーにが拍子抜けなんだァ?」
「ヒッ、ヒヒヒヒル魔さんんん!?!?」

 ななななんで僕に銃口がぁ!?
 拍子抜けって言ったのはササケンなのにぃ!!!

 「ケケケさーて糞1年共、楽しいたのーしい部活動に行こうかぁ?」
「ひいいいっ…!」

 問答無用で襟を引っ張られながら反射的に涙を流してしまう。
 駄目だ、精神的には今のヒル魔さんは年下なのに逆らえる気がちっとも湧いてこないよ…!
 恐すぎるっ!
 
 僕らは抵抗らしい抵抗も出来ずに、呆然と立ち竦み小さくなっていくクラスメイト達に見送られるしか無かった……ううっ。






 ガンッ!と足癖の悪さを見せてヒル魔さんが部室に入って行く。
 どうやら武蔵さん達はまだ来ていないみたいだ。
 三人だけの部室でヒル魔さんがドカリとパイプ椅子に座ってこちらを見据えた。

 「おい糞チビ。英語は喋れるか?」
「…へっ」
「まぁ保険つっーか使える武器は多い方が越した事はねーから喋れねぇならねぇで別の策を考えるがな。で、どっちだ」
「にっ日常会話程度な、ら…?」
「だろうな。こないだの中間テストの答案で1年では習わねー会話的な文法での解答部分があったからな」
「―――えっ、えええ!?どどどどこで僕の答案内容を知ったんですか!?!?」

 ヒル魔さんが、スッと無言で脅迫手帳を取り出す。

 「あっいいです何となくわかりました」

 にしても“前での”経験があるからって復習しなかったのは不味かったかな…なんか嫌な予感…。

 「まあ、それを使うタイミングがあるかどうかは分からねぇが良い機会だ。今後は前々から計画してたハッタリを入れてくぞ」

 えっ!?…ま、まさか…。
 いやそんな、今ここで…?

 「つっー訳で糞チビ、今からテメーはアメリカ帰りの帰国子女だ!」
「っええええええ!!!」
「ハ、ハハ…」

 や、やっぱりーーー!?
 何となく予想がついていた僕は引きつった渇いた笑いしか出てこないけど、ササケンは凄く驚いている。

 「どの程度喋れんのか知らねーが腐らすんじゃねぇぞ」

 すかさずササケンがツッコミを入れた。

 「いやいやいや、ヒル魔先輩無謀すぎじゃないすか!?」
「ハッタリだっつってんだろ。まだまだ脚が完成してねぇし目立って速ぇって訳でもねぇが、どうせハッタリをカマすんならデケェ方が良い」
「あ…」

 …そうか、今の僕は速い訳じゃないんだ…。

 そんな当たり前の事実に、僕は意外な位に打ちのめされていた。

 あー…、なんて言うか、ちょっと可笑しいのかも知れないんだけど、なんだか最初から脚を見出だされていた前の自分に嫉妬しちゃうな…ハハハ…。

 僕は、拳にぐっと力を込めた。

 「―――ヒル魔さん、頑張ります…。僕、絶対に速くなってみせます!いつか、ハッタリじゃなくなるようにっ嘘を本当にしてみせます!!!」

 僕の宣言を聞いて一瞬ヒル魔さんは目を見開くと、次いでニヤリと笑った。
 僕の好きな、悪魔の笑顔。

 「…ったりめーだ、腑抜けた走りをみせやがったらブッ殺すぞ」
「はいっ!!」

 絶対に、前の自分を追い越してやる…!!




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